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子ども時代の振り返り

※1万字以上あります。あと、他の文章に比べてもかなり私的なメモです。

氷の城壁

僕は今、『氷の城壁』(https://twitter.com/agasawa_tea)というウェブマンガにはまっている。課金したし、現在二周目だ。色々と面白いところがあるので、今度、考察を書こうと思っている(同時並行で書きました http://dialogue.135.jp/2022/11/13/korinojouheki/)けれど、その魅力のひとつは、日本で子ども時代を過ごした多くの大人に、子ども時代を思い出させるというところだろう。それも、単なる甘い想い出としてではなく、生々しい内面の葛藤の記憶を呼び起こす。つまり、このマンガは、僕が忘れようとしていた子ども時代に向き合うことを強いるのだ。

僕は、子どもの頃、客観的に見てもぱっとしない子で、いじめられっ子だった時期もある。だから僕は過去のことなど早く忘れたいと思って生きてきて、その結果、かなり忘れることができた。だけど、このマンガは、そんな僕に、あの頃のことを思い出せと言う。思い出し、過去に向き合わないと先に進めないだろ、と僕の心に問いかける。

僕はその問いかけに従い、できるだけ思い出してみようと思う。思い出すだけなら、文章にしなくてもいいのだけど、僕は書かないときちんと頭が働かないので書く。また、書いてもネットに公開しなくてもいいのだけど、ここに公開しないと、どこかにいってしまいそうなので公開する。きっと僕はまた忘れてしまうから、こうして記録に残しておきたいのだ。

だから、この文章は、完全に自分のためだけの文章である。同じようなことは他の文章でも何度も書いているけれど、この文章は、よりその色彩が強い。

小学生の頃

小学生の頃から振り返ってみる。

小学校低学年の頃は、からかわれていた想い出しかない。小学校に入るタイミングで引っ越しをしたから友達がおらず、また、3月生まれで成長が遅かったから、からかいの対象だったのだろう。変なあだ名をつけられたり、替え歌を歌われたり、意味もなく追いかけられたりして、とても嫌だった。引っ越しなんてしなければよかったのに、とよく思った。

徐々にそのようなことはなくなっていったけれど、体育が苦手で不器用で忘れ物が多かったから、授業が嫌で仕方なかった。国語算数理科社会はマシだったけれど、別にすごく成績が良かった訳でもなく、ただ、静かに授業をやり過ごせるのが嬉しかった。

そうは言っても、暗黒の小学生時代だったという訳でもない。図書館に行ってSFの本を借りて読んだり、友達とプラモデルを作ったり、(釣れない)釣りに行ったり、シミュレーションゲーム(紙の箱に入ったやつ。ウォーゲームと言うのかな。)をやったり、それなりに放課後を楽しく過ごしていた気がする。

ふと思い出したけれど、5・6年生の時の担任だった若い女性の先生は苦手だった。算数の図形の授業で面と線の話になったとき、僕は、面と線の境目がどこにあるのか疑問に思った。四角形には、食パンの耳のように、面の周囲に線があるけれど、面と線は別物なのだから、そこには境目があるはずだろうと思ったのだ。そこで授業が終わったあと、先生に質問に行ったけれど、何度言われても理解できない僕に先生がイライラしてきたので、すごすご帰った覚えがある。今思い返しても、これは先生のレベルの低さが問題だし、僕のある可能性を奪ったと言えなくもない。今も僕は、心のどこかで先生という人種のことを見下しているところがある。

また、僕は家族についても問題を抱えていた。僕の父は消防士で、24時間勤務すると24時間休みという勤務体制だった。だから一日おきに家にいた。だから、授業参観には、みんなお母さんが来るのに僕だけお父さんが来ることもあった。僕はなんだかそれがすごく恥ずかしくて、普通の家だったらいいのに、と思っていた。

そう言うとないものねだりの贅沢だと思われるかもしれないけれど、僕の父はただ一日おきに家にいるだけではなく、かなりエキセントリックな人だった。社会党(今の社民党と立憲民主党があわさったみたいな党)の活動をしていて、色々立派なことを言うのに、母に対しては暴力を振るったり、僕の話も聞かなかったり、自己中心的で、言動が一致しない人だった。

子どものことは大好きで、僕に対しても色々とやってくれるのはいいけれど、過干渉で、すべて自己流で、それ以外のやり方は認めてくれなかった。例えば、夏休みにはよく海に連れて行ってくれたけれど、そこは砂浜の海水浴場ではなく、その近くの岩場だった。今ならば、僕もシュノーケリングが好きだし、磯遊びの楽しさはわかるけれど、海の家に行ったり、普通の海水浴もしてみたいなあ、と思っていた。

僕はひとりの時間が欲しかった。だから仕事が忙しいサラリーマンのお父さんがいる家庭が羨ましかった。僕は普通になりたかったのだ。

だけど、僕の側にも問題はあって、僕は星新一みたいな、突拍子もない設定が出てくるSFが好きだったから、突拍子もないことばかり考えていた。宇宙人が攻めてきたときに備えて、どんな最強の秘密基地を作ったらいいだろうか、とか、悪者に襲われたときに備えて、どんな万全の装備をすればいいだろうか、とか、そんなことばかり考えていた。今でも時々、突然30年前にタイムスリップしたらどうしたらいいだろう、悪魔に3つの願いを叶えるという取引を持ち出されたらどうしたらいいだろう、なんてことを考えるから、あまり変わっていないのかもしれない。多分、僕はそもそも変な子で、親のことはさておいても、普通にはなれない子だったのだ。

今、哲学が好きなのも、きっと、普通になれないことの延長線上にあるのだろう。あの頃、僕は、本気で、この世界は宇宙人が僕を飼うために作ったハリボテの世界かもしれないと思っていた。父や母や同級生もロボットで、僕をそれなりに育てるための巨大な装置のなかに僕は住んでいるのかもしれない、と思っていた。そのような妄想の延長線上に、今の僕はいるような気がする。

中学生の頃

僕にとっての中学生時代とは、いわゆる黒歴史だけれど、たいていの人にとって、中学生時代とは消し去りたい黒歴史なのではないだろうか。『氷の城壁』の登場人物にとってもそうだ。『氷の城壁』はオールカラーのマンガなのだけど、過去の回想シーンは白黒で表現される。色がついていない黒歴史にいかに向き合うかがこのマンガのひとつのテーマとなっている。

そして、僕にとっては、その黒が人よりも濃いような気がする。まあ、多くの人が、自分の黒歴史のほうがより黒いと主張しそうな気もするけれど、僕はそう思っている。

一般的に言って、中学生時代が黒歴史になる理由は、その発育段階にばらつきがあるからだろう。小学生の頃は皆が等しく子どもだったのに、この頃から、一部の子どもは大人になっていく。そして、個人のなかでも、まんべんなく緩やかに大人になっていくのではなく、まだらに急激に大人になっていく。だから大人になっていなかった自分のある側面を思い出すと嫌になる。

僕は成長が遅い方だったのだろう。急に周囲の人がおしゃれになっていくのに僕は乗り遅れたし、アニメやマンガから、テレビドラマや歌謡曲やバラエティ番組へという大人文化への移行にもついていけなかった。

その要因として、父が、おしゃれやテレビドラマや歌謡曲やバラエティ番組といったものを蔑んでいたという事情もあるけれど、主な要因は、僕自身の内向的な性格にあったように思う。僕は他人に興味がなかったから、周囲の繊細な状況の変化に気づかず、ついていくことができなかったのだ。周囲はどんどん変わっていくのに、相変わらず僕は、かっこいいメカが登場できるSF世界の設定を妄想するようなことばかりをしていた。

それでも小学校の延長で、中1の頃はなんとかなったけれど、中2、中3と進むにつれて、僕はだんだん周囲についていけなくなった。僕は体育も苦手で頭がすごくいい訳でもない子だったので、いわゆるどんくさい奴ポジションで、中2の頃からは特定の数人からイジメのようなことも受けるようになっていた。今でも、そのうちの一人の名前を時々思い出すことがあって、もし目の前に現れたら、絶対に意地悪をしてやろうと心に決めている。もし、そいつが目の前で倒れて、救急車を呼ばなくてはならない状況になっても絶対無視してやろうと心に決めている。そのくらいには根に持っている。

一方で、僕も潔白ではなく、僕よりも、もっと公式ないじめられっ子のことは、みんなと一緒にイジメていた。そうしないと集団から浮いてしまうし、楽しいことのような気もしていたからだ。皆が楽しんでいるなら、同じように僕も楽しいと思うのが正解だと思っていた、と言ったほうが近いかもしれない。

あと、細かいことだけど、僕は今もそうだけど、お腹の調子が悪くなりやすくて、学校のトイレで大のほうに行けないことがきつかった。多分、共感してもらえる男性は多いと思うけれど、これは男子にとっては勇気がいることだ。僕のようなポジションにいればなおさらである。僕は本当に学校に行くのが嫌だった。中学校の卒業を指折り数え、卒業式を終え、心からホッとしたことを覚えている。

ちなみに、初恋は中3の時だった。なんとなくいいなあ、と思っていた同じクラスの女の子がいたのだけど、修学旅行のとき、その子が、お風呂上がりで髪が湿ったままで、ルームウェア(パジャマ?)でいたのを見て、ああいいなあ、と思ってしまったのだ。

僕は、人間関係に疎かったから、その日の夜、一緒の部屋だった同じグループの男子と恋バナになったとき、その話をしてしまった。そういう話をすることで、友達としての距離が近づくかな、と思ってしまったのだ。だけど、当然、それはいじりのネタにしかならず、何もいいことはなかった。(イジメがあった人間関係とは別なので明確なイジメにはつながってません。)

なお、当時の僕の恋愛観は、あだち充のマンガをそのまま信じるようなレベルのもので、例えば、マンガには付き合ってからの描写はないから、付き合ったらどうするのかさえわかっていなかった。運命の相手に出会ったら、テレパシーみたいに何か信号を受信するのかな、なんてことを考えていた。そういうレベルなので、多分、成長が早い人たちからしたら、アホそのものだったのだろう。

そんなこんなで、今でも僕は、男性グループが苦手だ。男性との間で、普通の距離感で、普通の話をしようとしても、何が普通なのかがよくわからない。また、普通でなければ、いじめられたり、馬鹿にされたりするのではないかという恐怖もある。恐怖の対象でしかない人に興味を持つことなどできず、名前を覚えることもできないから、噂話のような、いわゆる普通の話もできなくなる。誇張するならば、そんな悪循環が生じている。一方で女性なら、もともと世界が違うのだからそういう問題は比較的起きにくい。今もそんな風に、どこかで感じている。

高校生の頃

そんな中学生時代だったので、高校生になったとき、今度こそうまくやろうと決心した。高校デビューだ。その試みは部分的にはうまくいって、僕は、中学よりはマシな高校時代を過ごすことができた。流石に親の干渉からも離れ、洋服にも多少は気を遣うようになったし、経験を積み、普通を演じることも少しずつできるようになっていった。当時はバンドブーム前夜で、音楽の話が盛り上がっていたけれど、そんな知識を身につけ、人と話すこともできるようになった。多分、音楽は僕の趣味に合っていたのだろう。カラオケは苦手だけど、今でも奥さんとライブに行ったりもする。

アニメやマンガも徐々に卒業し、アイドルにハマったりもした。オタクだともてないから無理をしたというのもあるけれど、絵よりもナマの経験に魅力を感じるようになっていったような気がする。アイドルは絵よりは情報量が多くて、そこにナマの存在をより感じることができる。だけど相変わらず、本物の女の子とはうまく話すことなどできず、クラスでは、せいぜい、パッとしない男子の一人に過ぎなかった。

僕は自覚的高校デビューだったので、クラスの中のポジションを常に意識していた。今の言い方ではスクールカーストだ。自己評価では、僕はせいぜい下の上か、中の下くらいで、今思い返しても、その評価は正しいものだっただろう。中学生の頃は下の中だったので成功だ、もう少し頑張ろう、そんなふうなことを考えていた。そんなことばかり考えている男子がうまくいく訳ない。

スクールカーストで問題になるのが、カースト上位に移ったときの従来の人間関係の扱いだ。下の中から下の上に移る時、さらに下の上から中の下に移る時、この問題が発生した。(たいていの中高生的問題が盛り込まれている『氷の城壁』で、焦点が当てられていないのが、この問題だ。)僕はこの問題に、従来の人間関係を切り捨てることで対処した。切り捨てられた彼らがどのように思っていたかわからないし、そこに罪悪感を感じたのは自意識過剰なのかもしれない。だけど、僕には罪悪感があった。僕は、友人関係を、僕のポジションを確認するための便宜的な道具として扱っていた。そのせいか、僕には親友と呼べるような人はいなかった。どこか僕は浮いていた。

そんな僕に大きな変化があったのは、確か高校2年生の頃だ。その頃僕は、斉藤由貴が好きで、それまであまり観なかった、映画やドラマもチェックしていた。(斉藤由貴が好きだったのは、中学生の頃の初恋の人がポニーテールだったからだと思う。あと、高井麻巳子(秋元康の奥さん)も好きだった。)

そんななかで、ふと、彼女が出演する朝ドラの総集編を観ていて、「他の人にも人生があるんだ!」とびっくりした。ロボットも超能力も出てこない人間の一生を描くドラマというものを初めて観て、そんな当たり前のことに気づいたのだ。そこからしばらくの間、電車で向かいに座っている人を見ているだけでも涙が出るくらいに世の中の見え方が変わった。ああ、この人も人生を生きているんだ、そんなふうに思って涙が出た。

だけど、やがて、その感動は寂しさに変わった。このように心境が変化したことを話せる人なんていない。話してもきっと理解してくれない。誰もこの僕を見つけてくれない。そんなふうに感じたからだ。

そして、僕はクラスで一番頭がいい女の子のことが好きになった。オタクっぽいし、別に美人な訳でもない。(けど髪は上げていることが多くて僕の好みだった。)だけど、彼女なら僕のことを見つけてくれて理解してくれるかもしれない。そんなふうに思ったのだ。だけど、残念ながら、よく観察してみると、今、その女の子には彼氏っぽい男子がいるようだ。僕はとりあえず、自分にけじめをつけるため、告白して、案の定、振られた。

この、斉藤由貴のドラマから失恋までの数ヶ月が、多分僕の最初の転機だったと思う。

そして、2つ目の転機は、高校3年だった。クラス替え直後、周囲にあまり馴染めず、そして、失恋の余韻で馴染む気もしないなか、僕は将来が不安になった。このままだと、僕は普通の人生を送ることができるのだろうか、と。僕は塾に行ったこともなく、周囲に大学に行った人なんていなかったから、進学することのイメージが沸かなかったのだ。僕は普通の大学に進学し、普通の中小企業に就職することを目指すと決めた。それが普通の人生だと僕は思ったのだ。

そして僕はクラスにも馴染もうとせず、勉強に没頭した。最初は英語のSVO文法も知らないくらいだったけど、メキメキと学力は上がっていき、段々勉強が面白くなってきた。筋トレでよく言われるけれど、学力は努力を裏切らない。そして、ついには有名私大に合格した。この成功体験が2つ目の転機だ。今の僕の自己肯定感はこのあたりが起源になっているように思う。

こうして振り返ってみるとよくわかるけれど、僕はたしかに高校時代を通じて成長した。だけどそこには友人のような他者は関与しておらず、僕がひとりで勝手に成長している。僕の成長はどこか歪んでいる。

その証拠に、高校の卒業式のあと、僕にはあえて話しかける人は誰もおらず、ひととおり挨拶して、なんとなく一人で帰った。1年間勉強に没頭し、クラスのことなんて顧みなかったのだから当然のことだ。(正確には、もう一人、あまり仲も良くないけれど、似たようなポジションの人がいて、その人のバイクに乗せてもらって帰った。)

その後

こうして大学に入ったけれど、僕が真の意味で大学生になったのは、入学して数ヶ月したサークルでの飲み会のときだったと思う。1年間だけいたオールラウンドサークルで一コ上の先輩と話していたとき、その先輩が海外旅行の話をしてくれた。確か、タイのバンコクの駅で野宿していたら、腕時計を取られそうになった、という話だった。そのとき、僕は、こんな人生があるのか、とびっくりして、是非やってみたいと思った。実際、その後、海外旅行が趣味になるのだけど、そのことを教えてくれた先輩の言葉が、僕の3つ目の転機だったと思う。ようやく僕は、僕がやりたいことを見つけたのだ。

その後も、初めて彼女ができたりと色々な出来事はあったけれど、子ども時代の振り返りということでは、このあたりを一つの区切りにしておいたほうがいいだろう。

受験と哲学

こうして子ども時代を振り返ってみると、僕には、普通になれない、人並みになれないという問題がつきまとっていたことに改めて気づく。

そして僕は、その問題に正面から向き合わないまま、受験という裏技(チート技)で乗り越えてしまった。僕は、高校三年生になるまで、ずっと人並みになりたい、普通になりたい、と願ってきて、それが叶わなかった。けれど、受験に成功し、急に人並み以上になってしまった。もともと願っていた人並みは叶わないまま、別の角度から、チート技を使って人並み以上が叶ってしまった。これは、山登りをしていて、自分より先を歩いている人を目指していたら、急に来たヘリコプターに連れて行かれて、彼らを抜き去って、頂上に到達してしまったようなものである。

ずっと僕は、クラスの中心にいる人たちが羨ましかった。足が速くてリレーの選手になったり、近所の公園で何時間もおしゃべりできる友人がいたり、それも、異性の友人がいたり、もしかしたら彼女もいたりする同級生が羨ましかった。いや、そこまでいくと人並みをはるかに超えてしまうから、そのようなヒーローと同じ空気を吸い、違和感なく同じ時間を過ごすことができている、ヒーローの取り巻きの人並みの人たちが羨ましかった。アニメではなくて、ドラマや噂話に興味を持ち、いつまでもそんな話を続けることができる彼らが羨ましかった。

だけど僕は、彼らのようにはなれず、つまり、人並みになることはできなかった。その代わりに、僕は、受験には成功し、世間的には人並み以上になってしまった。受験という裏技を使って、僕は問題に向き合わないまま、問題を乗り越えてしまったのである。

また、僕は、もうひとつ、哲学という裏技も使っている。小学生の頃から、僕には色々な問題がふりかかっていた。いじめられたり、親が変な人だったり、といった問題だ。だけど僕は、そのことに正面から向き合わず、この世界はハリボテかもしれないとか、宇宙人が攻めてきたときにどのように対応しようとか、そんなことばかり考えていた。それは単なる逃避ではなく、きっと生まれながらの性格によるものなのだろう。僕はひとりで妄想することが好きなのだ。

今の僕の哲学は、明らかに子どもの頃からの妄想の延長線上にあって、僕は、僕の哲学を練り上げ、普通になれない、人並みになれないという問題にすら対応することができるようになってしまっている。

僕の哲学によるこの人並み問題への答えはこうだ。そもそも、何が普通で、何が人並みかなんてわからない。あえて言えば、皆が特別で、誰もが人並みなんかじゃない。だから普通になれない、人並みになれない、と悩むことには意味がない。以上。

このようにして、僕の哲学は、子どもの頃からの僕の問題を無化することができる。

高校2年の頃、斉藤由貴のドラマを観ていて気づいたことも、この話を補強する材料とすることができるだろう。他の人にも人生がある。これは普遍的な事実である。だから、一人ひとりに着目する必要はない。電車で向かい合わせに座っただけの人も、クラスメイトも、等しく、尊重されるべきであり、そして愛おしい。そのような普遍的な事実を知っている僕は、目の前にいる他者に個別に向き合わなくても、他者を尊重することができる。以上。

あえて言えば、哲学とは、過度に一般化し、普遍化する作業である。親は僕に何か隠している、という疑いを過度に一般化することにより、親はロボットで、この世界はハリボテかもしれないという疑いにまで育てることができる。それぞれの人には人生があるという理解を過度に一般化することにより、それぞれの人生を生きる他者には、他者という点で大きな違いなどない、という結論を導くことができる。

このような哲学は、個別の問題から目を背ける道具ともなる。僕はその道具をうまく使って、人並みになりたい、普通になりたい、ということが本当は意味していた個別の問題に向き合わないまま、問題を乗り越えてしまったのである。

タイミング

どうして僕は、受験と哲学という二つの裏技を使って、普通になれない、人並みになれないという問題を乗り越えてしまったのかといえば、タイミングの問題だったのだろう。

こうして振り返ってみてわかったけれど、僕は根本的に人と大きく違っているのではなく、成長のスピードが人より遅かっただけなのだ。

高校2年生のとき、他の人にも人生があると気づくまで、僕にとっての世界とは、のっぺらとしたハリボテのようなものだった。僕だけが本当に生きていて、その周囲にあるものは、いわばマンガの書き割りのようなものだった。クラスメイトはクラスメイトとしてしか存在せず、先生は先生としてしか存在しない。当然、生きているからには、クラスメイトも家で朝ごはんを食べたり、寝たりしていたはずだけど、そのようなことには全く関心がなかった。僕の関心は、もっぱら、宇宙人が攻めてきた場合の対応や、テレパシーによる運命の彼女の見つけ方といったものだった。

それを一変したのが、斉藤由貴のドラマなのだけど、きっと、このようなことは、他の人なら、小学生の頃から徐々に気づいていたのではないだろうか。僕は、高校2年生になるまで、小学生のままだったのである。

では、そこから再スタートを切って遅れを取り戻せばいいのだけど、高校3年生になった僕の問題は、そこから、将来への不安の問題へと移ってしまい、受験勉強モードに入ってしまった。そして、受験が成功し、そこで得た自己肯定感により、僕の人並みになれないという問題は上書きされてしまった。

こうして僕は、ちょっと変わった高校2、3年生を過ごしたことで、本来向き合うべき、普通になれない、人並みになれない、という問題にきちんと向き合わずに済んでしまったのである。

実際、大学生以降の僕は、受験で成功したという自己肯定感により、また、徐々に築きつつあった自分なりの哲学を武器にすることにより、人並みか、それ以上の人間関係を構築することができるようになった。きっと中高生の頃の僕が、大学生以降の僕を見たら、普通で人並みになっているね、と思ってくれるだろう。

結果的に、僕は、この普通になれない問題にうまく対処できたと言えるのかもしれない。

友人

だけど、こうして振り返ってみると、僕の問題は本当には解決していないように思う。僕の普通とは、普通の人間関係を構築するということでもある。だけど、人間関係という面では僕には足りないところがあるのだ。

確かに今の僕は自分自身を人並みかそれ以上だと認めることができるし、また、周囲の人からも認められているという自信もある。周囲の人は僕を友人と思ってくれていそうな気がするし、そのような友人の輪に僕は参加できているようにも思う。だけど、それだけでは足りない。

僕は、本当の意味では周囲の人たちを求めていないのではないだろうか。僕は普通に、人並みに、他者と関係を構築しようとしていないのではないだろうか。その点では、子供の頃の僕と大人の僕とでは大差ないのではないだろうか。

確かに、僕は、哲学カフェなんていうイベントもやっている。だけど、そこで関係を構築しようとしているのは、特定の他者ではなく、不特定の他者である。あえて言うならば、哲学カフェというのは、匿名性により、特定の他者を避け、不特定の他者とつながることを目指す活動であるとすら言える。僕は、どこまでも特定の他者を避けているのだ。

僕には幼なじみはいない。中学高校時代の知人ともほとんど繋がりがない。最近、大学時代の友人とも連絡をとっていない。それよりも、こうして独りで文章を書いたり、哲学カフェをやったり、ヨガや太極拳の練習に行ったほうが楽しい。僕はコミュニケーションが下手ではないと思うけれど、僕が相手にしているのは、たいてい、自分自身か不特定の他者だ。

結婚していて、子どももいるから、家族という特別な他者はいる。また、僕はやっぱり性的な意味で女性が好きだから、下心込みで、特定の他者としての女性に注目することもよくある。(下心と言っても、実際になにかしよう、ということではないです。安心してください。)また、他の人に比べれば少ないけれど、いわゆる特定の他者との関係、つまり友人関係が全くない訳でもない。

だけど、僕は、中高生の頃憧れた、クラスの中心にいたあの人たちからは、遠く離れているように感じる。僕は心の底から友人を求めていないという点で、今も、普通で、人並みになることができていない。

問題

だけど、そのことにどのような問題があるのだろう。少なくとも大学以降、僕は、僕自身が求めさえすれば、いくらでも普通で人並みになる機会はあったように思える。そうしなかったことは自分自身の選択であり、そもそも求めていないものを手に入れなかったからといって、何の問題があるのだろうか。

また、中高生時代に憧れとともに遠くから眺めていた彼らのうちの何割かは、今の僕と同じように、そうなりたいと心から求めていた訳ではないかもしれない。彼らが、心の底から友人が欲しいと願い、その結果、友人を手に入れていたとは限らない。

僕の思いには色々と辻褄が合わないところがある。

きっとこれは、実は、僕の心の中にある問題だからなのだろう。僕は、中高生の頃のことを振り返るのを避け、目を背けて生きてきた。僕の中には、解消できていない子供の頃の僕の問題がいまだにくすぶっている。

それを、今の僕の考えにより上書きするのではなく、過去を掘り起こし、正面から向かい合うことによって、その問題自体を解決するしかないのではないだろうか。そんな気がする。

『氷の城壁』の魅力

※途中(魅力4)まで「ほぼ」具体的なネタバレなしです。5000字以上あります・・・

僕は今、『氷の城壁』(https://twitter.com/agasawa_tea)というウェブマンガにはまっている。課金したし、現在二周目だ。

本当に色々と素晴らしいので、布教したくて、この文章を書いている。この文章を読んでも読まなくてもいいので、是非、多くの方に『氷の城壁』を読んでもらって、読書会でも開いて、みんなで魅力を語り合ってみたい。(けど、僕は飽きっぽいので、1月後、そんなことを考えているかは怪しいけれど。)

『氷の城壁』は、ウェブ限定で、縦スクロールの、いわゆる「縦読み」形式の新しいタイプのマンガだ。僕はアラフィフなので、こういうのにはあまり慣れておらず、時々、ツイッターなどで流れてくる無料四コママンガを読むくらいだ。

だから、僕の考察は的外れで、『氷の城壁』特有のものではなく、広く新しいマンガに共通のものだったりするかもしれない。そのあたりは割り引いて読んでほしい。

(このマンガの主人公は高校生の女の子で、それにアラフィフのおっさんがはまっているというのは、かなり気持ち悪い状況だということはご容赦ください。)

魅力1 内面の成長:触媒

『氷の城壁』は、男女4人の高校時代の恋愛模様を描いている、いわゆる恋愛マンガだが、その最大の魅力は、単なる恋愛マンガには留まらない内面の掘り下げ具合にあるだろう。作者の意図はわからないけれど、僕の受け止めでは、恋愛はあくまで舞台設定であって、実は、彼らの内面の成長を描いたとさえ思える。

推理小説には、「ヴァン・ダインの二十則」というのがあって、そのなかに「7.長編小説には死体が絶対に必要である。殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない。」という法則があるらしい。(うろ覚えだったのをネットで調べました。https://pdmagazine.jp/background/knox/)

同様に、「青春マンガには恋愛が絶対に必要である。恋愛より軽い出来事では読者の興味を持続できない。」という法則があるのではないだろうか。当然「ヴァン・ダインの二十則」を破った推理小説が存在するように、恋愛がない青春マンガがあっていい。けれど、殺人や恋愛はかなり強力な舞台設定であることは確かだろう。

そして、『氷の城壁』は、強力な、恋愛という舞台設定を全面化するのではなく、あくまでもその力を借りて、登場人物の内面の成長を描くことに成功している。

その証拠に、僕の興味は途中から、「こゆんちゃんの恋愛は成就するのかな。」ではなく、「こゆんちゃんは幸せになれるのかな。」に変わっていった。「もしかしたら恋愛は成就しないかもしれないけれど、こゆんちゃんが変わっていって幸せになれるならそれでいい。」と願いながら読んでいた。(こゆんちゃんは主人公の女の子です。気持ち悪いですね。すみません。)

そして当然、彼らの内面の成長の問題は読者自身にも降り掛かってくる。このマンガは、「では君はどうなんだい」と僕に問いかける。そのような意味で、このマンガは単なるエンタメではない。もう少し重い何かで、僕ならばそれを「触媒」と呼びたくなる。僕の心に化学反応を起こさせる触媒だ。(僕にとって、これに似た本は、フランクルの『夜と霧』だ。)

魅力2 人とのつながり:憧れ

そして重要なのは、その内面の成長が、独りではなく、主に男女4人の仲良しグループ内での共同作業として行われるという点にある。一人ひとりの登場人物は真摯に、独りで問題に対処しようとして、考え悩む。だけど、それだけでは足りなくて、そこには他者との関わりがある。独りでは乗り越えられなかった壁でも、誰かとなら乗り越えることができる。『氷の城壁』における恋愛は、そのような関係の延長線上に位置づけられている。

これはとても羨ましい状況だ。僕は心から、こういう人間関係を欲していた。子どもの頃から手に入れたくて、だけど手に入れられなくて、今も、どこかでそれを欲している。

僕は、独りで壁を乗り越えてきた。途中からは奥さんが一緒とも言えるけれど、少なくとも、青春時代と呼ばれるような期間は、独りで壁を乗り越えてきた。あの頃の僕は、一緒に壁を乗り越えられる人間関係をかなり自覚的に欲していたけれど、結局、手に入れることができなかった。

僕がずっと憧れてきたものを、こんなに解像度が高いかたちで示してくれる、『氷の城壁』は、とても稀有なマンガだと思う。

このマンガを多くの人に読んでもらい、僕が何を欲していて、何を手に入れることができなかったのかを多くの人に共有してほしい。そうしたら、きっと、自覚的に手に入れることができた人は自らの幸せを再確認できるだろうし、無自覚に手に入れた人は自らの幸せに気づくことができるだろうし、自覚的に手に入れられなかった人は僕のように憧憬に浸れるだろうし、無自覚に手に入れられなかった人は新しい世界の観方に気づくことができるだろう。

そして、まだ手に入れてなくて、これからまだチャンスがある人は、目指すものを明確に捉え、それを目指すことができるようになるだろう。僕自身がそうだと信じているし、きっと皆がそうだと信じている。

魅力3 表現形式

僕の勝手な読み込みかもしれないけれど、この『氷の城壁』は、ここまで述べた二つの魅力を最大限引き出すような表現形式を採用していると思う。

まず、「縦読み」であるということは、内面を描くことにとても適していると思う。下にスクロールするという動作が、心の内面に沈んでいく描写にとても合っていて、そして、縦にスクロールする際の微妙な間が、うまく心情の隙間を表現しているように感じられる。

また、フルカラーなウェブマンガならではの色の使い方もいい。『氷の城壁』では実際に頬を赤く着色し、頬を紅潮させる描写が多用されるのだけど、これは恋の記号であると同時に、心が通じ合っているという記号でもある。先程の僕の話に合わせるならば、これは、共同して壁を乗り越えていこうという合図でもある。こんな表情をされたら、僕だってミナトくんと恋に落ちて、一緒に頑張ろう、と思ってしまう。(ミナトくんは、主な登場人物である高校生の男の子です。気持ち悪いですね。すみません。)

以上は、ウェブマンガという表現形式であることによる魅力だけど、作者自身の表現スタイルにも、内面の成長や人とのつながりといったものを表現するうえでの相性の良さがある。

まず、『氷の城壁』ではデフォルメされたマンガ表現が多用されるけれど、この使い方もメリハリという点で素晴らしいと思う。それぞれのコマの読み方をきちんと示し、どのコマにどのように注目すればいいかをストレスなく伝えることに成功している。つまり、シリアスなコマのセリフを追えば、心の内面の描写を漏れなく把握できるということになる。

また、『氷の城壁』は余白が多く、あまり背景の書き込みがない。これは小さなスマホの画面で読むのに適しているということもあるけれど、心の内面を描く上では、外的な世界の書き込みは余計なノイズになりかねないので、とても相性がいい表現スタイルだと思う。

魅力4 匿名性・普遍性

更に、これは作者自身のスタイルなのか意図的なものなのかはわからないけれど、この『氷の城壁』は匿名性が極めて高い作品だと思う。匿名性が高いからこそ、この物語が普遍的なものとなり、読者が登場人物の内面と自らの内面と重ね合わせ、この恋と成長のストーリーを他人ごとではなく自分ごととして受け止めることができるようになる。

匿名性の高さは、例えば、このマンガの舞台がどこかわかりにくい、という点に現れている。特徴的な神社など、モデル地の目印になるところがあって、そこが聖地になってもいいような気がするけれど、『氷の城壁』に登場するのは、どこにでもありそうなチェーン店や公園ばかりだ。それは普遍的な描写であり、あえて言えば、東京の郊外の普遍的な描写である。(違うかもだけど。)その普遍性が読者を読者自身の内面世界に没入させる。

また、その普遍性はストーリーにも現れている。序盤なのでネタバレにはならないと思うけれど、僕が、「え、そんなこと普通ある?」と違和感を持ったのは、序盤、こゆんちゃんが図書館に向かうときにナンパされるシーンくらいだ。あとは、「ちょっと偶然にしてはできすぎ・・・」と思うところがいくつかあるくらいで、徹頭徹尾、どこにでもありそうな話ばかりで組み立てられている。これはつまり、もしかしたら同じことが読者自身の身に起こった世界線があったかもしれない、ということを示しており、読者が自らの物語として読むことを助けてくれる。

そして、その匿名性の最たるものは、『氷の城壁』が、高校を舞台とした高校生の物語であるというところに現れていると思う。このマンガのおおまかな流れは、黒歴史の中学校時代のトラウマを抱えた高校生が、文化祭や夏休みなどの高校生ならではのイベントを過ごしていく、というものだ。このような大まかなプロットは、日本で中学高校時代を過ごした多くの人が容易に理解できるものに違いない。そのような普遍的な物語に乗っかることで、多くの読者が自分自身に当てはめることができる、匿名性が高い内面描写が可能となるのである。

だから、『氷の城壁』が、高校を舞台とした高校生の物語であるということには本質的な意味はないはずだ。僕の感覚では、『氷の城壁』の登場人物はちょっと大人びている。このような内面の動きを経験するのは、高校生ではなく大学生や社会人になってからでも決して遅くはない。いや、もしかしたら、アラフィフの僕でも、まだ十分には追いつけていないかもしれない。だけど、問題はそこにはない。これが高校生の物語であるということは、あくまで、高校時代という普遍的な装置を用いるための方便であって、そこで展開される内面の成長とは、高校時代という普遍的な装置を経由し、世代を超えて万人が自分ごととして理解できるようなものなのである。

だから僕はこうして『氷の城壁』を世代を問わず、多くの人に勧めている。そして、誰かが、このマンガを触媒として、僕と同じようなことを感じてくれて、僕と一緒に壁を乗り越えてくれたらいいな、と思っている。

魅力5 おまけ(ここはネタバレ)

僕は『氷の城壁』の、こゆんちゃんとミナトくんが付き合ってからの最終盤が結構好きだ。

修学旅行で二人の気持ちを確認したあと、残りの話数を見て、あと何が残っているのだろうと思ったけれど、いい方向で裏切られた。このような恋愛成就後のエピソードがあえて描かれているというのは、このマンガのひとつの魅力だろう。

僕が好きなエピソードをいくつか列挙しておきます。

1 クリスマスのデートでのやりとり(111話 クリスマス)

小雪「1人で悩んだり、無言ですれ違うぐらいなら、こうやって言い合いできる仲のほうがいいです」

湊「うん、俺、こゆんちゃんの心、無視したりしないから・・・ちゃんと見て、言葉を聞いて、俺も伝えるから。もしぶつかっても、その度に仲直りしよ。」

これは、ほとんどの結婚している夫婦に刺さるのではないでしょうか。また、結婚してなくても、男女を問わず、ほとんどの人間関係に当てはまる真理のような気がします。僕が哲学カフェで目指しているのもこれだと言いたいです。ほんとに、プーチンさんに聞かせたいです。

そして、この言葉は、ここまで色々なことがあった二人が言う言葉だからこそ、心の深いところに届きます。

僕が『氷の城壁』を周囲に強く推してるのは、このあたりを皆に読んでほしいからでもあります。

2 こゆんちゃんちでお泊りしたときのやりとり(114話 暖)

湊 (小雪と一緒にベッドに倒れ)「これ以上は無理 手が出る・・・」

小雪「・・・したい?」

湊「したい・・・です・・・正直・・・ごめんなさい」

小雪「いいよ・・・正直・・・不安だし・・・怖いけど・・・好きな人なら・・・湊がしたいならいいよ・・・」

湊(ベッドから起きて)「しません。不安で怖いならしません・・・!俺だけしたくても意味ないの! というか 避妊具(ゴム)持ってきてないから・・・出来ません」

 これは、将来こういうことがあるだろう子どもが本来の読者層であることを考えると、一人の大人として、大変素晴らしい描写だと思います。

 「初めてのときにゴムを持っていくかどうか問題」については、世の多くの男性が葛藤しているはずで、こういうふうに一つの正解をきれいに出してくれたということは、ここまで述べてきた『氷の城壁』の魅力とは全く関係なく、とても意義があると思います。

 世の男の子は、このミナトくんと、全く同じことを言えばいいのです。

 そして、このような二人をあえて描写することで、「王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました。」ではない、もっと説得力がある幸せな未来を描き出すことに成功していると思います。

3 こゆんちゃんとお母さんの和解後のやりとり(115話 繋ぐ)

小雪「私が生まれてから・・・お母さん、幸せだった時ってある・・・?」

母「・・・今? 今、すごく幸せ」

小雪「・・・なんか・・・ズルい・・・」

母「・・・けど、本当。小雪が周りの人に恵まれて、幸せに過ごせてるんだったら、私にとっては充分」

・・・(略)・・・

小雪「・・・お母さん、産んでくれてありがとう」

 急にお母さんが登場したのが唐突とも思ったけれど、このエピソードは、こゆんちゃんの成長を描くうえでは、必要不可欠だったんだろうな、と思います。

 きちんと過去に向き合って自己肯定するというプロセスを、とりあえずはここで完遂したということなのでしょう。強くなったね、本当によかったね、という感じ。

 けど決してこれは保護者目線ではなくて、僕はここまで達することができていないなあ、理解のあるお母さんでいいなあ、ミナトくんたちのような周囲の人に恵まれていて羨ましいなあ、という色んな思いが混在しています。

 きっと、こゆんちゃんのお母さんも同じじゃないのかな。大人は子どもが思うほど大人じゃないし、子どもは大人が思うほど子どもじゃないということなのでしょう。

 そんなふうに、高校生に色々と教わった、すばらしいマンガでした。2周目読了!

 俺も頑張るぞ!

死後のストーリー

※3500字くらいあります。哲学のことは書いてないつもりです。というか哲学じゃないことを書くことで哲学のことを書いているのかも。

1 方便としての死後のストーリー

子どもの頃の僕にとって、死んだらどうなるか、というのは大問題だった。死後は真っ暗で何もなくなっちゃうかも、それとも地獄に落ちるのかも、なんていうことを考えて、とても怖かったのだ。

その問題は今も解決はしていないけれど、今の僕にとっての大問題とは、とにかく、いかに生きるかであり、更には、そもそも生きるとはどういうことか、というものだから、子どもの頃の僕を捉えた、死後の問題は色褪せてしまっている。

だけど、生きるにあたって、死後についてひとつのストーリーをつくっておくことは役に立つかもしれない。なぜなら、いかに死ぬかを明確にしておくことで、いかに生きるかも明確にすることができるからだ。

加えて、科学が幅を利かせている現代においては、生きている間のことはすべて自然科学の知識を持った専門家が説明してくれてしまう、という事情もある。専門家に頼らず、素人が自由に考えられることは死後にしかない。せめて、そのくらいは自分で好きに考えさせてほしい。僕は、僕自身で死後のストーリーを考えたいのだ。

きっとそれが宗教なのだろう。もともとは、宗教は、死後のことだけでなく、生きている間の現世のことも決めることができていた。神様が海をかき回して日本をつくった、太陽は天使が動かしている、というように。だけど、そういう話はすべて科学的な説明に置き換えられてしまって、死後のことだけが宗教の管轄となっている。現代において、宗教とは、死後のストーリーなのである。

さて、僕が考えたストーリーはこうである。

「この人生は、5回繰り返される最初の1回の人生である。そして、この人生で獲得した個々の知識や記憶を来世に持ち越すことはできないけれど、人格的な成長の成果は持ち越すことができる。」

このように考えるのは、臨死体験や神の啓示のような証拠があるからではない。そう考えることが、この現世を生きる力になると僕自身が感じるからだ。つまり、このストーリーは単なる方便なのである。

だけど僕はそれで満足だ。なぜなら、冒頭で述べたとおり、今の僕にとっての問題は、いかに生きるかであり、死後のことなどどうでもいいからだ。よりよく生きることができるならば、死後のことなど方便でかまわない。

(当然、ここにはいくつも問題がある。方便に基づき、よりよく生きることなどできるのか、とか、そもそも、よりよく生きるべきなのか、といった問題である。だけど、これらは哲学の問題であり、この文章では哲学には踏み込まないと決めているので、これらの問題は無視する。)

2 方便としてのストーリーの効能

なぜ、あえて方便に過ぎないストーリーについて書くのかというと、このストーリーが役立つと思うからだ。だから、ここからは、僕が考えた死後のストーリーの効能について紹介したい。

僕が考えるストーリーとはこのようなものであった。

「この人生は、5回繰り返される最初の1回の人生である。そして、この人生で獲得した個々の知識や記憶を来世に持ち越すことはできないけれど、人格的な成長の成果は持ち越すことができる。」

では、どのようにして、僕のストーリーが役に立つのだろうか。

まず、5回輪廻が繰り返されるというところがミソである。1度限りの人生では寂しいし、無限に繰り返されるのではうんざりしてしまう。5回ではなくてもいいけれど、それほど多くない回数、繰り返されるくらいが丁度いい。

そして、そのうちの最初の1回目というのも重要である。5対5のポケモンバトルをしたとしよう。別にポケモンバトルじゃなくて、日本シリーズでもいいけれど、とにかく何回か戦って、その最終結果で勝ち負けを決める勝負を想像してみよう。そのとき、最初の負けはそれほど困らない。次は頑張るぞ、と思うことができる。だんだん勝負が進むにつれ、負けは諦めにつながるけれど、最初の1敗で諦めることはないだろう。

同様に、人生で失敗しても、この人生は最初の1回目で、これからまだ4回人生が残っていると思えば、悔しいけれど諦めとはならない。失敗から立ち上がることができる。そう思えることが、僕の死後のストーリーの効能である。

僕は、旅行の初日が好きだ。海外旅行だと初日は移動で終わってしまうときもあるから、正確には、着いた最初の夜、ホテルで寝て、起きてこれから何をしよう、と考える、あの瞬間が好きだ。そこには、4泊5日という有限の期間のなかに、無限の可能性が秘められている。有限と無限が混ざったような、あの感覚が僕は好きなのだ。もし、この人生が、5回の人生の最初の1回目の人生であるならば、この人生は、きっと、旅行の初日のようなワクワクするような人生となるだろう。

僕はそんな人生を送りたいと思っている。僕が死後のストーリーをつくりあげるということは、つまり、この今、現に僕が送っている人生を生きるストーリーをつくりあげるということでもある。

これは、つまり、方便としての死後のストーリーをつくりあげ、方便としての人生を生きることにもつながるため、哲学的にはやや危険なことではある。だけど、ライフハック的には悪くないような気がする。もし、宗教がライフハックなのだとすれば、僕のこの死後のストーリーもひとつの宗教になりうる。オーダーメイドの僕だけの宗教である。

3 もうひとつの効能

 僕のストーリーには、5回の輪廻転生のうちの1回めの人生ということに加えて「この人生で獲得した個々の知識や記憶を来世に持ち越すことはできないけれど、人格的な成長の成果は持ち越すことができる。」ということも含まれる。

なぜ、こうなるのかといえば、もし、知識や記憶を来世に持ち越すことができたとしたら、この世の中にはそういう人がたくさんいるはずなのに、そうではないからだ。知識や記憶を来世に持ち越すことができたら色々便利だとは思うけれど、残念ながら、この世の中のあり方に反している。

また、なぜ人格的な成長の成果だけは持ち越すことができるのかといえば、知識や記憶は持ち越せないにしても、何かしらを持ち越すことができなければ、そもそも輪廻転生にはならないからだ。僕が僕として輪廻転生をするためには、何らかの連続性がなくてはならない。その何かとは、きっと、人格的な成長の成果に違いない、と僕は思うのだ。

当然、僕の輪廻転生の連続性を確保するのは他のものでもいい。例えば、僕は納豆が好きなのだけど、来世でも納豆が好きであれば、僕の連続性は確保されるだろう。または、僕は扁平足なのだけど、来世でも扁平足なら、僕の連続性は確保されるだろう。そのような嗜好や身体的な特徴でもいい。では、僕は、なぜ、あえて、人格的な成長の成果により、連続性を確保するというストーリーを描くのだろうか。

それは、僕の勝手な思いつきであり、僕の押し付けがましい思想であるのは確かだろう。僕は、校長先生のつまらない長話のように、だらだらと、人格的な成長が大事だと主張しているに過ぎない。

だけど、一応、多少はフォローしておくと、納豆好きというような嗜好や、扁平足であるというような身体的特徴は、それが変わらないということで、僕の連続性を確保している。一方で、人格的な成長とは、つまり僕の人格が変わっていくということであり、僕の人格が変わっていくことで、僕の連続性が確保されているのであるという違いがある。変化により連続性を確保するというストーリーには、他のストーリーにはない特別さがあるのである。

その変化を人格的な成長と呼ぶかどうかは別にして、僕は、この人生のなかで変化していき、そして、その変化こそが、来世の人生と今の人生とを結ぶ紐帯になる。そう考えることで、今、僕がやっていることが無駄ではないと少しだけ思える。それは、無根拠な思想ではあるけれど、このストーリーのもうひとつの効能だと思う。

こうして、死後のことについて思いを馳せることで、僕は、僕なりの宗教と僕なりの思想をひねり出し、多少は心穏やかにこの人生を過ごすことができることになる。

残念ながら、哲学者としての僕は、宗教や思想は哲学にとっての夾雑物だと考えている。だから、僕がぼんやりと、宗教や思想に心の安らぎを求めようとしても、心の中のどこかから、そんなものは方便であり、まがい物ではないか、という声がする。哲学者としての僕が、生活者としての僕を追い詰めてしまっているのだ。

だから時々は、そんな声など無視して、こんなことを考えるのもいいかもしれない。僕は死後について考えることで、僕の宗教と僕の思想に身を委ね、僕自身を癒やすのだ。そのような意味で、死とは癒しなのかもしれない。

うちのネコのこと ~チーズ編~

僕の家にはチーズというネコがいる。

僕の家には、チーズとタックンという二匹のネコがいる。あまり固有名詞を書くと身バレしてしまうかもしれないけれど、名前をきちんと書き残しておくことは、身バレのリスクよりも大事なことのように思えるので、あえて書き残しておくことにする。

この文章で書き残しておきたいのは、二匹のネコのうちチーズのことだ。実は今、チーズはうちにはいなくて入院している。心筋症という病気なので、どんなにすべてが良く転がっても、長くても数ヶ月の命だということがわかっている。だから、僕の家にはチーズというネコがいる、と現在形で書いていいのかわからなくなる。僕が書き残したいのが、チーズが元気だった頃のことだから、余計にわからなくなってしまう。だけど、あえて現在形で書いておくことにする。もしかしたら、今後、数ヶ月であっても、おまけのご褒美のような日々があるかもしれないからだ。だから、僕の家にはチーズというネコがいる。

だけど、もしそうならなくても、十分、彼女(チーズは女の子)には楽しませてもらった。これからは彼女の好きにしたらいいと思う。彼女が生きようとする限り、僕と妻は、それをサポートするだけだ。この思いは、実際に近くにチーズというネコが今いるかどうかはあまり関係ない。だから、僕の家にはチーズというネコがいる。

チーズの体調のこと

僕は以前、飼っていた別のネコについての文章を書いたことがある。『ハナの死で考えたこと』http://dialogue.135.jp/2018/03/17/hana/という文章だ。

今は読み返したくないのであやふやな記憶だけど、この文章の中心は彼女(ハナちゃんも女の子)の調子が悪くなってからのことが中心だったと思う。一方で、この文章で僕が書きたいのはチーズが元気だった頃のことだ。

だけど、とりあえずの記録として、ハナちゃんと同じように、チーズの調子が悪くなってからのことも書き残しておく。本編は元気だった頃のことなので、そこまで読み飛ばしてください。

さて、チーズの体調に関係ありそうな話は出生の頃まで遡る。チーズは、妻の知人の知人が赤ちゃんネコを保護し、ハナちゃんがいなくなって寂しがっていた妻が譲り受けてきたネコだ。妻が聞いたところによると保護の経緯は、路上に可愛そうな赤ちゃんネコの死体があると思ったら生きていた、というものだったそうだ。死にかけネコだ。きっとチーズの体調の悪さはこのあたりにも起源があるような気がする。(チーズという名前は、保護した家の子供が名付けたそうだ。)

なお、うちに来たときは、もう1歳近くなっていて、死にかけの赤ちゃんネコではなくなっていたけれど、痩せて小さいネコだった。その頃から元気いっぱいという感じではなく、ご飯もあまり食べない子だった。

その後はご飯を食べないながらも元気にしていたけれど、昨年の秋頃、つまりチーズが多分5歳半くらいの頃、突然まっすぐに歩けなくなり、足をひきつるような感じになってしまった。あわてて救急病院に連れて行ったところ、アンモニアが高いということだった。原因がわからないのでアンモニアを下げる薬を飲ませたところ、時々、同様の症状は出るけれど、最初のときほど長時間ではなかったので、てんかんか何かと思い、様子見していた。なお、今もその理由はわからない。

そのような状況が半年ほど続き、今年のゴールデンウィークの前半、ネコの世話は娘に任せ、久しぶりの夫婦での3泊旅行から帰ったところ、どうもチーズの様子がおかしかった。苦しいような、怒ったような、変な感じだったのだ。だが、時間が経つと元に戻ったので深くは考えず、連休明けに一応病院に連れて行こう、と妻と話していた。ただ、ふたりとも、なんとなく、この数ヶ月、元気がどことなくないような感じはしていた。

そして連休明け、ちょっと遠くの専門的な感じの動物病院に妻がタクシーで連れていったところ、待合室でいきなりパニックのようになり何回も吐いてしまった。その結果、誤嚥性肺炎になってしまった。そして、肺炎の検査をするなかで、心臓も心筋症の疑いがあるということが判明した。

月曜日にパニックになり、そして1週間かけて徐々に調子が悪くなり、木曜日にはレンタルした酸素室の中に入れても見ていられないほど息苦しそうになってしまった。妻は連日のように病院に連れていき、誤嚥性肺炎の治療をしていたけれど、今日、金曜日になって、ようやく、息苦しいのは、誤嚥性肺炎だけでなく、主に心筋症による胸水のせいだということが判明した。そして今は、胸水を抜いた経過観察のために、チーズは入院している。

胸水がたまるほどの心筋症というのはかなり深刻だ。ネットで調べた限りでは、うまくいけば数ヶ月生きる可能性はあるが、すぐにでも心臓が止まって突然死してしまう可能性もある。更に誤嚥性肺炎があり、多分肝臓のせいでアンモニアが高いということも考えると、チーズは満身創痍だと言っていいだろう。かなり厳しい状況である。

以上がチーズの体調についての記録だ。

このように書いてみると、ハナちゃんのときは僕が看病でがんばったけれど、チーズについては妻ががんばっているので、これはほぼチーズと妻についてのストーリーだと言ってもいい。だからこれは、書く権利がない者が、それでも書かずにはいられないから書いた、排泄物のような文章にすぎない。

排泄物と表現したけれど、僕がこのようなことを書いているのは、もう二度とこのことを書かないで済むようにするためだ。

書くことで、今後は、その書いたことについて思い出さなくて済むようになる。なぜなら、あえて思い出さなくても、ここにそのときの記憶が保存されるからだ。文章として、まるで剥製のようにチーズの記憶を残しておくのは、悪趣味かもしれないけれど、僕なりの過去との折り合いの付け方である。

あともうひとつの理由として、似たような症状のネコを飼う飼い主のなにかの役に立つかもしれない。

チーズの紹介

 さて、いよいよ、チーズが元気な頃の話に移る。

 うちには、チーズとタックンという二匹のネコがいるけれど、チーズは妻に懐いていて、タックンは僕に懐いている。だからチーズはいわば隣のネコだ。だから、やはりチーズが元気な頃の話も妻の方に書く権利がある。僕は傍観者として、チーズの元気な頃の記憶を剥製として残すような作業をしている。そうしたくなるほどには僕も傍観者として落ち込んでいる。

 ただし、チーズが元気な頃の話をすることの意義は、それだけではないような気もしている。もう少しマシな意味がどこかにあるような気がしている。そんなものが本当にあるかどうかを確かめるためにも書き進めてみたい。

 さて、まずはチーズのことを紹介しておきたい。誰かが飼っているネコのことなんて知りたくないと多くの人は思うだろうけれど、奇特な人はいるかもしれないし、僕自身のためになるし、こうやって書き連ねていくうちに、なにか気づくことがあるかもしれない。

 チーズは6歳のハチワレで、体重が3kg少々しかない小さいやせっぽちのネコだ。しっぽは短くて、手足が白くて、鼻と肉球はきれいなピンクで、キョトンとした顔をしている。妻はその顔の可愛さにやられて連れてきたようだ。

 さきほども書いたけれど、食が細くて、元気なときでもなかなかご飯を食べない。チュールくらいは嬉しそうに食べるけれど、それほど量は食べない。唯一、猫草は嬉しそうに食べる。もう一匹のタックンも猫草が好きだから、このときだけは奪い合いになる。だから、僕が猫草を摘んで帰ったときは、なぜわかるのかは不明だけれど、玄関から出そうになって二匹で待っている。僕はそれをどかしてうまく家に入る。草が好きだからか、ベランダにあるオリーブの木の葉も、どこまで飲み込んでいるかはわからないけれど、バリバリと引きちぎる。

 ただ、猫草を食べても食べなくてもだけど、しょっちゅう吐く。だいたい、ドライフードが膨らみすぎてしまったときに吐くようだ。胃が小さいのかもしれない。それが少々心配だったけれど、今や心臓や肺が大問題なので、それは杞憂だったということになる。

 警戒心が強くて来客があっても絶対に出て来ない。宅急便がインターフォンを鳴らすと「ウ~」と唸る。

 声も独特で、可愛い顔なのに「ウギャ」という感じの濁点が多めのダミ声で、声が大きい。ゴロゴロするときの音も大きくて、チーズが隠れていても、ゴロゴロする音でどこにいるかわかるほどだ。

 本ニャンは公表してほしくないかもしれないけれど、チーズは脱腸気味だ。時々お尻をシーツにこすりつけ、赤い筋を書く。やめてほしい。

 チーズはタックンと仲がいい。先にチーズが来て、一匹じゃ寂しいかと思ってタックンを2ヶ月後くらいに迎え入れた。タックンのほうが大きいので、じゃれながら喧嘩になっていくとチーズが折れるかたちにはなるが、基本的に、チーズのほうが先住猫としての威厳があるように思える。年齢は逆だけど、力がある弟を、「仕方ないなあ」と見守る姉のような感じだ。

 だから寒いときはくっついて丸くなっているし、互いに毛づくろいもしている。タックンがチーズの頭を押さえてペロペロ舐めるから、チーズの眉間のところはツバ臭いことが多い。

 チーズは人間が好きなネコだ。よく妻の顔にくっついて寝ているようだし、妻がいないときなどは僕の股の間で寝ることもある。僕は寝相が悪いので僕が寝たあとはどこかに行ってしまうようだが、妻の顔のところで寝ているときは、朝までそのままのこともよくあるようだ。

 人間が集まって話していると、そこがテレビの音などでうるさくない限り、必ず近くにいる。人間が食卓を囲んでいるときだけは不思議といないことが多いけれど、それ以外はだいたい近くにいる。僕がパソコン椅子からベッドに足を投げ出していると、二匹が奪い合うように膝に乗ってくる。チーズはベストな場所をタックンにとられて、その隙間に潜り込むように座っている。妻がソファーに横たわってテレビを観ているときも同様だ。

 二匹はだいたい一緒にいて、妻の観察によれば、最近はたいてい、午前中は僕のベッドに二匹でいて、午後は妻のベッドに二匹でいるようだ。

 あと、チーズは器用なネコだ。引き戸をすぐ開けられるようになったし、小さい頃はよくボールをドリブルしていた。紐のおもちゃで遊んでいても、タックンは捕獲しようとする感じだけど、チーズは手でうまく挟んでキャッチしようとする。チーズの手が人間みたいだったらいいのになあ、と思う。

 どうでもいいネコ自慢になってしまうけれど、チーズは仕草がかわいい。ベッドの上に手だけを出しておもちゃを攻撃してみたり、レンジフードの上に置いたダンボールから顔をのぞかせたりする。(レンジフードを踏み台にして天窓に登ってしまうと危ないのでダンボールで封鎖しているのだ。)パソコンを使っていると、たいてい僕でも妻でも邪魔をしにきて、キーボードの上に乗る。だから、謎の文字が入力されてしまう。それはそれで困るけれど、とてもかわいい。

 一人遊びも上手で、ネズミのおもちゃを咥えて、ウ~と唸りながら僕や妻のところに持ってきてくれる。偉いね~と褒めると満足そうにしている。妻が洗濯物を干して、2階のベランダから1階に空のカゴを持って下りるときは、そのなかに入る。妻はそれをネコエレベーターと呼んでいる。妻が洗濯物を畳んでいると、バスタオルに勝負を挑み、ケリケリする。

 ひとつひとつは、ネコならよくあることなのかもしれないが、全体として、チーズは控え目で仕草がやさしいのだ。あまり野性的じゃない、と言えばいいのだろうか。

 だから、妻が爪を切るときも協力的だし、妻に目やにを取ってもらうのも好きだ。印象深いのは、チーズと紐のおもちゃで遊んでいるときのことだ。すると、たいてい、体が大きいタックンが割り込んできて、おもちゃを奪ってしまう。そんなとき、チーズは不満そうに「フッ」と息を吐いて少し離れる。それはまさに、仕方ないなあ、と弟におもちゃを譲る姉の仕草だ。

 控えめだけど、決して運動神経は悪くない。以前飼っていたハナちゃんは生まれつき体が弱かったのであまりジャンプもできなかったが、チーズは体が小さいせいかそこそこ身軽だ。若い頃は吹き抜けの天窓まで上がることもあったし、今も虎視眈々と食器棚にジャンプして入ろうと狙っている。そして数日に一度は侵入を許してしまい、皿にはネコの毛がついている。チーズは体重が軽いので、階段の上り下りも軽やかだ。タックンだと、トントントンと音がするけれど、チーズの場合はトコントコンという音がする。調子が悪くなる直前、スケルトン階段の下から階段を下りるチーズを眺めていた一瞬を忘れたくない。まるで空を飛んでいるみたいだった。

 そして、一番のチーズの特徴は、よくしゃべるということだろう。ハチワレはよくしゃべるというけれど、チーズは本当によくしゃべる。啼く、ではなく、しゃべるのだ。チーズが前で待っているのでベランダに出る戸を開けてあげると、必ず、「ニャッ」と言いながら外に出る。明らかに僕に軽く声をかけている。チーズは脱腸気味なので時々お尻を拭いてあげると、「ニャー!」と一声だけ怒る。これは明らかに「やめてよ、もう」と怒っている。僕はあまりやらないけれど、妻が何か話しかけると、よく「ウニャウニャ」と相づちを打つ。また、チーズが何かを話しかけてきて、妻が「そうだね~」と相づちを打つこともよくあるそうだ。僕もよく目撃しているけれど、確かに会話をしているようにしか見えない。

 よくしゃべるからだろうか。チーズは頭がいいように感じる。特に印象的だったのは、僕がタックンを予防接種に連れていったときのことだ。妻によれば、チーズは妻の回りをグルグルと回り、僕とタックンが立ち去る方向に向かってニャーと啼いていたそうだ。それはまるで、「ママ、タックンが連れてかれた~!」と訴えているようだった、とのことだ。

妻とも意見が一致しているけれど、チーズは一言で言うと不思議なネコだ。不思議なほどに色んなことがわかっている。当然、ひとつひとつの仕草はネコなのだけど、すべてをつなげると、かなり人間味があるし、言葉が通じない分、しばしば人間より賢いのではないかと思わせるような存在だ。妻は妖精で天使だと言っている。

執着がなくて儚げで、控えめで優しい存在。この家にちょっと訪問してみました、という感じで数年間滞在してくれているような存在。それが僕にとってのチーズ像だ。

チーズの生命

チーズは病気の特性上、長くてもあと数ヶ月しか生きることはできない。状況はもっとひどいから、遅かれ早かれ、命が尽きようとしている、と考えた方がいいだろう。

だけど、チーズは今まで5年間、我が家にいた。そして今もいる。この生きてきて、そして今も生きているチーズとは一体何なのだろう。チーズが元気だった頃のことを現在形によって書くことで、そのことを僕は考えておきたい。今が、チーズのことを現在形で書き、考えることができる最後のチャンスかもしれない。

チーズの生命は二通りに捉えることができるだろう。チーズ自身にとってのチーズの生命と、僕たちにとってのチーズの生命だ。一人称の生命と二人称の生命と言ってもいい。

僕たちにとってのチーズの生命とは、多分、幸せの塊のようなものだ。そして、チーズとは、僕たちにその幸せを届けてくれる天使のような存在である。もう一匹のタックンも当然僕たちを幸せにしてくれている。けれど、彼はネコっぽいネコなので、勝手に自分自身が幸せになり、僕たちも勝手に幸せになっている、という感じがする。一方のチーズは、チーズがいることで僕たちが幸せになることを、チーズ自身が自覚していて、意図的に僕たちを幸せにしてくれているような感じがする。その意味で「幸せを届けてくれる」という表現がふさわしい。だから天使なのだ。

そして、僕たちも、その幸せの受け手としてふさわしい存在であると思いたい。僕も妻もチーズの具合が悪くなるまできちんと話し合ったことはなかったけれど、ともに、チーズが元気である限られた時間のなかで、その瞬間ごとの幸せを受け取ることに自覚的であろうとしていた。そうすることで、チーズが届けてくれるものを漏れなく受け取ろうとしていた。チーズが横で寝てくれている瞬間、チーズが挨拶してくれている瞬間、そんな瞬間ごとをかけがえのないものとして受け止めようとしていた。そして、僕たちはきちんと受け取ることができた、と信じたい。

チーズがいてくれていた5年間は我が家の黄金期と言っていいと思う。子供の病気など色々ありはしたが、家があって、そこに人間3人とネコ2匹の家族がいて、仕事にも不安はなくて、介護の問題もなく、物質的に充実していた。今後も別のかたちでの幸せはあるだろうけれど、この5年間は、中年の僕たちに典型的な人生の充実期だったのだろうと思う。チーズを失おうとしている今、これはチーズが運んできてくれた期間限定の幸せなのだろうなあ、と噛み締めている。僕たちは次のフェイズに進み、そこで、チーズ抜きでも別な形で幸せになれるということをチーズに見せてあげたい。

チーズは5年間、僕たちを見守り、応援してくれ、そして幸せを届けてくれた。それが少なくとも今までのところでのチーズの生命の僕たちにとっての意味のような気がする。

では、チーズの生命のチーズ自身にとっての意義とはどのようなものなのだろうか。

まず言えることとしては、チーズが僕たちに幸せを届けてくれているのと同様に、僕たちもチーズを幸せにしていると信じたい、ということがある。チーズの生命とはチーズ自身に幸せをもたらすものであって、その幸せを僕たちが手助けできていればいいなあ、と僕は願う。

だが、チーズの生命は、チーズ自身にしか捉えることはできない。それは当たり前のことなのだけど、加えて優しく控えめだという彼女特有の性格もある。彼女の病気は心筋症という先天性のものだ。だからチーズは自ら寿命を決めているとも言える。多少看病の仕方に不手際があって、僕たちが彼女の寿命を縮めてしまったということはあるかもしれない。強制給餌をもっと丁寧にすればよかったとか、もっと早く診察すればよかったとか、後悔はある。だけど、それは多少の誤差であって、おおむね、彼女は自らの生命のあり方も自らで選ぼうとしているように僕には見える。チーズはこんなところまで、僕たちに配慮してくれて、優しいのだ。彼女は、不手際を後悔している僕たちに、「関係ないよ。私が決めたことだから大丈夫だよ。」と言ってくれているような気がする。

そのような事情もあり、結局、チーズの生命とは何か、という問題はチーズがあえて自分自身だけで背負っている問題であり、彼女自身にしかわかりえないものである。そこにはいわゆる一人称特有の問題がある。

人間同士であれば、考察はここで終わるか、または哲学的な方向に進むだろう。だが、チーズはネコであり僕たちのペットであるとともに、僕たちにとっては天使のような、妖精のような存在だ。そんなチーズに対しては、もう少し語ることがあるような気がする。

まず、チーズはペットであり、まさに子供のような存在であり、僕たちが保護し、面倒をみてあげるべき存在だ。だから、チーズの生命とは何か、という問題については僕たちが答えを出してあげなければならない。それは生命の冒涜ではなく、僕たちとチーズはそのような関わり方しかできないのだ。

もしそうならば、僕たちは、チーズの生命を幸福で定義するしかないだろう。僕たちがチーズをどれだけ幸せにし、そしてチーズがどれだけ幸せそうにしているかでチーズ自身の生命の意義は決まる。僕たちはそうするしかないし、チーズはそうされるしかないのだ。これがひとつの答えである。

更に、チーズは単なるペットであるだけでなく天使で妖精でもある。彼女は単なる動物ではなく、僕たちにとって彼女は僕たちに幸せを届けてくれる存在であり、幸せの使徒のような存在だ。それならば僕たちは彼女をそのように処遇しなければならない。

幸せの使徒としてのチーズを信じるならば、僕たちはどこまでも、チーズ自身にとってのチーズの生命とは、幸せの使徒としての生命であると信じなければならない。それならば、幸せの使徒たるチーズの生命を輝かせるのは、やはり幸せによってであるはずだ。チーズのおかげで僕たちが幸せになり、その幸せをチーズに感謝し、その幸せをチーズに返すことによってこそ、幸せの使徒であるチーズ自身の生命はより輝くはずだ。

つまり、チーズがペットであるにせよ、幸せの使徒であるにせよ、いずれにせよ、チーズにとってのチーズ自身の生命とは、幸福により定義されるものなのである。そして、その幸福とは、決して漠然としたものではなく、僕たち家族が具体的に把握し、判断することができるものなのである。

明らかにチーズは僕たちに幸せを届けてくれている。病院の酸素室で息苦しくしているだろう今だってそうだ。彼女がいるからこそ、僕はこの幸せな5年間を噛みしめることができている。この文章は、チーズに対する感謝の手紙だ。この気持ちが彼女に届くといいなあ、と僕は願っている。そう願うこと自体が僕を幸せにしてくれる。

そして、同じように、チーズに幸せが届いていればいいなあ、と僕は願う。僕たちがしたことによりチーズが幸せになっていて、そして僕たちに感謝してくれていて、その感謝の表現こそがチーズが僕たちに幸せを届けるということだといいなあ、と僕は願う。

つまり、僕の願いは、僕たちとチーズの間で幸せの循環が成立している、ということである。お互いに、幸せにしてくれたことに感謝し、互いを幸せにしようとするという、まさにその営みこそが、幸せである、という意味での幸せの循環である。

つまり、チーズが幸せの使徒であると考えるならば、僕たちもチーズにとっての幸せの使徒にならなければならないということである。そして、ある程度まではそれを成し遂げているということである。

これは根拠のない単なる願いだけど、そう的外れなものではないと思う。僕たち家族はそのような関係を築けていると信じたい。そして僕自身は、幸せの使徒として、もっと幸せを感じ、もっと感謝し、もっと幸せを届けられるよう成長したい。そうでないとチーズに不釣り合いだ。チーズに笑われてしまう。

風の谷のナウシカの漫画の感想

※2300字くらいです。完全ネタバレ注意です。

昔、ほぼリアルタイムで読んでいたのだけど、ふと読みたくなって全巻を買い直した。

昔読んだときの感想は忘れたけれど、今回の感想を一言で言うと、この本の主題は、「人(生き物)が人(生き物)に影響を与えるということこそが生きるということだ。」というものだ。前のときはそうは感じなかった気がする。読むたびに感想がかわるというのはいい本の証拠だ。

さて、僕の勝手なランキングだと、この本に出てくる、他の人(生き物)に影響を与えた人(生き物)トップ10は次のとおりになるだろう。

10位 シュワを吹き飛ばした巨神兵
9位 ナウシカの後日談として国を治めたクシャナ&チクク
8位 200年前に土鬼をつくったナウシカに似た初代皇帝
7位 たくさんの街を飲み込んだ巨大粘菌
6位 戦争を引き起こしたトルメキア王
5位 蟲と瘴気を武器に使って大海嘯を引き起こした土鬼の皇弟
4位 何度も大海嘯で腐海を広げた王蟲たち
3位 シュワの墓所を作って悪用される技術を後世に残した人
2位 シュワの墓所を破壊したナウシカ
1位 火の七日間を起こした昔の人
番外 悪人だけど登場が遅いからあまり人を殺してない土鬼の皇兄

このなかには、クシャナ&チククのように良い影響しか与えていない人もいるし、トルメキア王や土鬼の皇兄や火の七日間を起こした昔の人のようにほぼ悪い影響しか与えていない人もいる。また、最初は良い人だったのに途中から悪い人になってしまった初代皇帝と皇弟のような人もいるし、ナウシカやシュワの墓所を作った人のように、良い悪いの判断がつきにくい人もいる。

だけど、この本は、そんな評価はどうでもよくて、それがとにかく生きるということなんだよ、と言っているように僕には思えるのだ。

1位はともかく、2位のナウシカと3位の墓所を作った人に着目して考察してみよう。

ナウシカは物語の終盤まで、人を殺したくない、人が不幸にならないようにしたい、いや人以上に腐海の生き物たちを殺したくないし、不幸から救いたい、そう思って行動をしている。だけど、大海嘯に飲み込まれ、巨神兵に出会ったあたりから、ナウシカは大きく変わっていく。
例えばナウシカは、何千、何万の人の死をすでに見てきたのに、一匹のキツネリス(テト)の死を悼む。それはエゴだとしりつつ、そのエゴこそが生きるということだと気付いていく。

そして、最終盤、ナウシカはシュワの墓所との対決に赴く。
ナウシカは、シュワの墓所を作った人たちが「人(生き物)が人(生き物)に影響を与えるということこそが生きるということだ。」ということを見過ごしていると断罪する。数千年前の一握りの人間のアイディアにより、何千年もの生命の営み、つまり生命相互の影響のやりとりをなかったものにして、すべてを消し去って、再び予定どおりの生命のプロセスを再開させるなんて傲慢だ、ということである。そしてナウシカは墓所を破壊する。

だけど、物語のラストでナウシカは、墓所と王蟲とに同じ血が流れていることに気づく。つまり墓所も生命のひとつだったということだ。考えてみれば墓所とは、何千年も前の人々の生命の営みの結果としてつくられたものである。墓所さえも「人(生き物)が人(生き物)に影響を与えるということこそが生きるということだ。」という原則からは離れることはできなかったのである。そして、それを破壊したナウシカも当然、他の生命に大きな影響を与える、という意味ではほぼ同等のことをやっている。そして王蟲たちも、大海嘯を引き起こしてほぼ同等のことをやっている。先ほどのランキングに入ったような登場人物(生命)たちは以下同様である。

きっとナウシカはどこかのタイミングでそのことに気付いていたのだろう。自分や墓所を作った人たちを含めたすべての生命の愚かさと力強さを慈しみながら、あえてそのような行動をしたのだろう。それが「人(生き物)が人(生き物)に影響を与えるということこそが生きるということだ。」ということであり、ナウシカ自身が生きるということだから。

哲学的には、風の谷のナウシカとは、人を殺してはいけないというようないわゆる道徳から脱道徳に向かう本だということになるだろう。脱道徳というかたちの倫理があるのなら、道徳から倫理に向かっているとも言える。
ナウシカにおける倫理とは、変化だと僕は思う。現状に安住せず、前に進むことこそがナウシカの指針である。だから何千年も前の計画をただ実行しようとする墓所は破壊される。
そして変化は他者への影響を伴う。他者への影響を恐れていては変化することはできない。そしてその変化の責任を負うことこそが成長である。だからナウシカは巨神兵や蟲使いの従者たちといった者たちの責任を負っていく。終盤においてナウシカが母のようになっていくのはそのためである。そして、親になった僕がそのことに気づくのも必然なのだろう。

・・・

おまけ感想。

7巻の最後のほうは、コマ割りが詰め込みすぎのように感じた。多分早めに終わらせたかったんだろうなあ。ラストはもう少しゆったりと描いてほしかった。あと10ページあれば。

昔の人が墓所にどのような役割を持たせたかったのかがよくわからない。浄化後の人類を保管しているだけなら、変に科学技術を漏らさずひっそりとしていればいい気がするし。浄化中の中継ぎ人間(ナウシカたち)も多少は文明の恩恵が得られるよう、優しさから知的活動を維持しようとした、ということなのかなあ。エサ(新たな知識)を小出しにすることで。

ウクライナのこと

いつもは哲学が最優先で、他に大きなニュースがあってもいずれ哲学に戻っていくのだけど、今回はそうもいかないのでここに吐き出しておく。全く哲学な話ではないし、政治素人の特に目新しいこともない話なので、読む価値は全くない。ご承知おきを。

僕が気になって仕方ないのは、当然ウクライナ侵略のことだ。

ウクライナで起こっていることは、多分、死者の数や被害の大きさでは飛び抜けて酷いことではないだろう。これまであった、そして今現在も起きているだろう中東やアフリカでのよく知らない出来事のほうが、よほど悲惨なものである可能性が高い。世界がウクライナに注目するのは、そこで苦しんでいるのが白人だからであり、そして悪のプーチンと善のウクライナ市民の対決というエンターテイメント性があるからではないか、と勘ぐってさえしてしまう。

だけど、やはり僕もウクライナのことが気になる。それはなぜかといえば、ロシアという国連常任理事国が、政情不安でもない国に対して、直接、首都にまで攻撃するというのが衝撃だったからだ。そして、そのような蛮行に対して、国際社会は、経済制裁以上のことができないということが露呈したからだ。これは第二次世界大戦以降、初の事件だと思う。

今回のことから、NATOや日本や韓国などのアメリカと直接軍事同盟を締結している国でなければ、アメリカは軍隊を動かさないということが明らかになった。加えて、軍事同盟を締結していたとしても、そう簡単には助けてくれないだろう、ということも明らかになった。

独立国家ウクライナ相手でいけるなら、中国の一部である台湾はもっと危ない。明確にアメリカと軍事同盟を結んでいないベトナムもやばい。日本だって、日本人が何人も戦い、死んでいかなければ、アメリカはきっと助けてくれない。

僕の中に、ベルリンの壁崩壊以来、すっかり忘れていたあの感覚が蘇ってきている。僕たちは常に(内戦状態にあるなどのきっかけがなくても)突然、日常を奪われる可能性に直面しているのだ。

そして今回僕が学んだのは、このようなときに大事になるのは「物語」だということである。プーチンやトランプには本当にやばいことをやるかもしれないという物語があるし、ウクライナ軍には祖国を愛し、勇敢に戦うという物語がある。僕は当然反トランプだけど、残念ながらバイデンには鈍重で扱いやすいという物語しかなかったのだろう。人が紡ぐ物語が複雑に絡まり合い、政治は思わぬ方向に進んでいく。

専門家は、軍事力を比較したり、経済制裁時の世界経済への影響を考慮したり、地政学的な影響を分析したりするけれど、なかなかそのとおりにものごとは進まない。なぜそうならないかといえば、そこには理性ではすくい取れない感情があり、人間の生き様があるからなのだろう。

重要となるのは「物語」つまり、他者、この場合は世界からどのように見られているか、という視点である。僕たちはプーチンの心の中は読めないし、ウクライナ軍人ひとりひとりの人生も知らない。だけど、僕たちはプーチンに狂った独裁者、または強いロシアを回復しようとするしたたかな政治家という物語を読み込むし、ウクライナ軍人には絶望的な状況でも勇敢に戦う愛国者という物語を読み込む。物語が悪い方向に働けば、(ナチスドイツのチェコ併合のように)プーチンの暴走を止められないという事態を生み出すし、良い方向に転がれば、SWIFTからのロシア排除のような動きにもつながる。(僕は、損得勘定だけではなく、ウクライナ国民の努力が世界を動かしていると信じたい。)

だから、今回のことで僕が気づいたのは、(僕自身も含めて)人は、他者にどのように見られているかを、もっと気にするべきだということだ。人は、他者にとっては、物語の演者である。他者に働きかけるうえでは、わかりやすく、心に訴えるような物語を紡ぎ出すことが有効だ。政治家のような人ならなおさらだ。トランプのようなポピュリストが成功するのはそのためだし、ジョブズのようなプレゼンがうけるのもそのためだ。そして、それは生半可にできることではない。ときにはウクライナ軍人のように命をかけなければ、他者を動かすような物語を紡ぐことはできない。その点で僕は、日本の政治家にも、日本人にも、僕自身にも不満がある。例えば、僕たちは、安全安心で健康で幸福になれるような制度や年収というような静的な状態ではなく、活き活きとした予測不可能な物語をもっと大事にしなければならないのではないか。

もうひとつ、僕が感じているのは、こんなときでも僕は僕自身ができることをするしかない、ということだ。僕が構想しているのは、このサイトにあるとおり「対話の哲学」だ。対話の哲学というからには、プーチンのような独裁者とは反対の立場を表明するものとなるだろう。対話の重要性についての説得力を高めることは、権力者の独断に制限を加えることにつながりうるはずだ。

つまり、僕が哲学をすることは、ひいては、僕が望むような世界をつくりだすための営みともなりうる、ということである。だから、僕が哲学をするにあたっては、ウクライナの人たちを思うことはモチベーションになりうる。今回のことはそのように僕自身と結びつけることもできる。

だが、それはそれでいいことではあるのだけど、実は余計な夾雑物であり、僕の哲学を変質させてしまうのではないか、という危惧もある。実は、僕は僕の哲学に、あまり倫理的な含意を込めたくなかったのだ。だけど、今回のことで、ちょっと気持ちが変わりつつもある。

そんな迷いはあるけれど、ここで吐き出したので、とりあえず哲学のほうに頭を切り替えよう。

スノーボードのこと

※2000字くらいですが、それにしても読者が得るものがなさそうな文章なのでスルーして結構です。

全く哲学ではないけれど、自分のことが少しわかったので、うれしくて書き残しておくものです。だから、僕に興味がある人(つまり僕)以外は読まなくていいです。

今、冬季オリンピックがやっているけれど、僕は平野歩夢のハーフパイプでの金メダルの滑りをきちんと見ていない。

まあ、スノーボードに興味がなければ普通のことだけど、僕は20代の頃、スノーボードが好きで、あんなオリンピックサイズじゃないけれど、ハーフパイプに入ったこともあるから、それは普通のことではない。

(僕は運動があまり得意ではないけれど、スキーは子供の頃からやっていたので、その流れでスノーボードも好きで、黎明期のスノーボードにはハマっていたのだ。)

僕は小さなハーフパイプに入ったことはあるけれど、あれは怖い。まずハーフパイプに入るためには、崖のようなところを真下に滑っていかなければいけないのだけれど、それが結構怖い。そしてガリガリに固められた氷のようなところを失速しないように滑るのも難しい。そして、その勢いを殺さないように壁のようなところを上がっていくのが更に難しくて怖い。

怖いから無意識にスピードを殺してしまい、壁の一番上まで登って、その上に飛び出すことなんて結局できず、壁を登る途中でパタッと向きを変えて滑ることくらいしかできない。

だけど、そのときにわずかに感じる浮遊感が気持ちいいのだ。体が横になりながら斜め上に浮かび上がるような、ちょっと他では味わえない感覚である。ジャンプ台から飛び立つのが縦の浮遊感だとしたら、ハーフパイプの浮遊感は3Dの立体的浮遊感という感じだろうか。その浮遊感は30年近く経った今でも覚えている。

それを感じたくて何回かハーフパイプに入ったけれど、20代半ばになり、怪我をすると色々と支障が生じる立場になり、また、自分の運動神経のなさを思い知ったので、そういうのはやめることにした。

このくらいのことは語れるくらいだから、オリンピックのハーフパイプ競技くらい見てもいいと思われるかもしれない。だけど、僕は見たくないのだ。あれは、僕が好きだったハーフパイプではない。

平野歩夢がリップ(ハーフパイプの縁)から飛び出る瞬間は心が踊る。あんなに高く飛べたらどんなに気持ちいいだろうかと思う。だけどそこからすぐにハーフパイプは高飛び込みかフィギアスケートのように回転数を競う競技になってしまう。くるくる回る平野君を見ていて、あんなの全然気持ちよさそうじゃないしクールじゃない、と感じてしまうのだ。

いや、きっと平野君はクールなのだろう。クールじゃないのは、オリンピック競技化したハーフパイプだ。僕がハーフパイプに求めていたのは、1cmでも高く飛び、より浮遊感を感じることであったはずだ。そのうえで、見たこともないようなグラブを決めたり、ひねりや回転を加えたりして、周囲に自慢することはあってもいい。だがそれは、浮遊感を感じる余裕を周囲に見せつけるためのトッピングであり、ちょっとした遊びの要素に過ぎない。ハーフパイプはおろかワンメイク(ジャンプ台から飛ぶこと)でもグラブなんてできなかったけれど、目指すべき理想としては、そのように思っていた。

そんな理想から遠くかけ離れたハーフパイプなんて見たくない。僕が好きなのは、スキー場の脇にある、誰にも注目されることのない小さなハーフパイプなのだ。

なお、僕は小学生の頃スイミングスクールに行っていたので水泳も好きなのだけど、水泳については、ハーフパイプに感じるようなモヤモヤはない。水泳のトップレベルの選手を見ていると、あんなに早く泳げたら楽しいだろうなあ、と思う。スノーボードで転んで肩を痛めたから、今はもう泳げないけれど、調子よく泳いでいるときに、体が水と一体になったような浮遊感とでも言うべき感覚になったことは今でも少し覚えている。あんなのを感じているなんて羨ましい。

水泳と対比するとよくわかるけれど、やっぱり僕は採点競技が嫌いなのだろうと思う。僕が好きだった自由なスノーボードというものに、誰かの勝手な価値観を持ち込み、その価値観に沿って競わせて、それを商業化していく。僕はそれが許せないのだ。

また、この文章を書いていて気づいたけれど、僕は、そもそもスポーツというのは見るものではなくてやるものだと考えているのだろう。だから僕は、結局水泳がテレビでやっていてもほとんど見ない。

さらに、もうひとつこの文章を書いていて気づいたけれど、僕は、スポーツの魅力とは、快感、それも浮遊感とでもいうべき、ある特定の快感が得られるところにあると考えているようだ。そういえば、僕はスキューバダイビングも好きだったのだけど、あれにも浮遊感がある。また、スポーツではないけれど、最近はまっている哲学対話の魅力とは、うまく対話できているときに感じる浮遊感である。

そう考えると、僕の好みは意外と単純だなあ、と思う。これが今回の大きな気づきである。

GIRL FRIEND

※1700字くらいです。

僕は高校生の頃、ある人を好きになった。帰国子女で英語がペラペラで、クラスで一番の成績の女の子だった。僕は頭がいい女の子が好きだったのだ。結局、その恋はうまくいかなかったけれど、それからずっと、僕が好きなタイプは「頭がいい人」としてきたし、実際そうだった。

なお、頭がいいといっても、成績がいいというだけの意味ではない。ROOSTERSのGIRL FRIENDという曲に、「そんなにかしこくないけど いろんなことがわかってる」という歌詞がある。そういうことなんだよなあ、って高校生の僕は思っていた。

高校生の僕の気持ちをより正確に表現するなら、僕は、僕のことを理解してくれる人を求めていた。きっと当時の僕は、母性のようなものを求めていて、母親のように、よしよし、と僕の頭をなでながら、僕のことを全て包み込んでくれるような人を求めていたのだろう。(実の母親がそのような人だったかどうかは別として。)

当然、そのような人などいる訳ないから、高校生の僕の恋はうまくいかなかったし、その後の僕は路線変更していくことになる。

だけど結局僕は、たいして変わることができなかったのかもしれない、と最近気づいた。僕がこのような文章を書いているのは、心の奥底では誰かに理解してほしいと願っているからなのだろうし、哲学カフェのような活動をしているのも、互いに理解しあうことを目指しているからなのだろう。僕は君を理解しようとするから、君も僕を理解しようとしてほしい、そんな場を作り上げようとしているのかもしれない。僕は、僕を理解してほしいという気持ちを手放すことはできなかった。

僕は、僕の何を理解してほしいのだろう。それは決して、僕が好きな食べ物や僕が昨日したことのような事実を知ってほしいということではない。僕が理解してほしいのは僕の心のなかであり、僕が何を感じ、何を考えているのか、といったことである。

当然、人間の内面を完全に理解することはできない。完全に理解できないどころか、全く理解できないという考え方もありうる。哲学的には、他者の痛み自体を直接的に知ることはできない、という議論もあるくらいだ。

だから、僕が僕のGIRL FRIENDに願うのは、僕の内面に興味を持ち、僕の内面を知りたいと願ってくれることだと言ったほうがいい。加えて、いろんなことがわかってて、ちょっと機転が効いた言葉があればなおよいけれど、それはおまけであって、必須ではない。

だけど僕も年齢を重ね、そんな青臭いことは切り離して生きていくこともできるようになった。今の僕は会話において僕の内面の理解なんて求めていない。僕は聞き役を務めるのも苦手じゃないし、僕のことを話す場面でも、海外旅行での失敗談のような面白かった出来事や、テレビやネットから最近仕入れた知識など、差し障りのない話もできる。差し障りがないというのは僕の外の世界の客観的な出来事についての話であり、そのような話であれば、大抵の人は興味を持ってくれる。そのような話で会話を埋め尽くすことはできるし、そのような会話も結構楽しい。

だけど僕は孤独だなあ、と思う。

僕が夢想するのは、このような場面だ。

僕はその人の内面に興味を持ち、その人も僕の内面に興味を持ってくれる。互いに相手のことを知ろうとするけれど、当然、それは決して完全に達成されることはない。だから、僕からその人に向かう興味のベクトル、そしてその人から僕に向かう興味のベクトルが何重にも重ね書きされることになる。これが対話である。

その対話の成果物として何かが生まれる。それは僕の内面自体ではなく、相手の内面自体でもないけれど、それでも、僕たちの内面と何らかの関係があるものが、興味のベクトルの軌跡の集合体として生まれることになる。

このような、何か新しいものを生み出すような営みを、誰かとともにできれば、僕は孤独ではなくなるのかもしれない。

だけど経験上、このような願いは、実現の見込みがない青臭い幻想だということも、重々承知している。

僕は少し疲れているのかもしれない。疲れると、どうも極端な方向に思考が進む。孤独や幻想といった極端な言葉しか思いつかないのは、その現れかもしれない。

やばいと逸脱

最近、意識的に「やばい」という言葉を使うようにしている。若者用語を使って若者に迎合したいという面もあるのだろうけれど、それを抜きにしても、「やばい」というのは、つくづくいい言葉だと思うのだ。

昔ながらの意味では「やばい」は悪いことだった。やばい奴というのは常識が通じない危険な奴だった。だけど、昔から、やばい奴にはどこか否定しきれない特別さもあったようにも思う。学校の不良にどこか憧れていたように、僕には、やばい奴への憧れがあった。30年近く前、スノーボードが流行り始めた頃、僕はスノーボードのビデオを見るのが好きだった。やばい奴らがやばい高さのジャンプ(エアー)を決めていた。滑り以外でも、きっとクスリでも決めているのだろうと思うような言動をしていて、そのやばさも格好よかった。そのとき、やばい、という言葉を使っていたかどうかは忘れたけれど、僕にとってのやばい、とはそういう感覚をひきずった言葉だ。

僕が好きな怒髪天というバンドのボーカルの増子直純によれば、ロックはやばい優先だ。「やばい」とはロックだということでもある。(そのことについて、僕は『ロックの日』という文章で書いたことがある。http://dialogue.135.jp/2018/02/17/69nohi/

僕にとっての「やばい」は、逸脱という言葉に置き換え可能だ。今までどおりの延長ではなく、決まったレールから逸脱することが「やばい」だと言える。

「やばい」のよさは、善悪のような物差しが適用できないという点にある。そこにあるのは、逸脱の大きさという絶対値のみである。プラスかマイナスかは逸脱してからでないとわからない。

だから、「やばい」は純粋な驚きの表現だとも言える。未知なるものへの驚きを意識的に見逃さないようにしようとして、僕は「やばい」という言葉を使うのかもしれない。

そのわからなさこそが未来そのものだとも言える。逸脱がなければ、変化もないし、成長もない。僕は未来の可能性という価値の片面は、そこに逸脱し、変化し、成長する可能性が広がっているところにあると思っている。(未来の価値のもう片面は、現在の延長として幸せを掴み取る可能性が広がっているというところにあり、どちらの可能性を重視するかは場合によりけりなのだろう。)

僕は、逸脱し、変化し、成長する場面を想像するときには、フランクルの『夜と霧』を思い出す。僕が好きなのは、収容所のなかでマロニエの木と語らう若い女性が、死の数日前に劇的な成長を遂げたというエピソードだ。その成長は、過去との連続性が乏しいという意味で、逸脱という言葉がふさわしいと思う。(以前書いた『夜と霧を読んで』という文章http://dialogue.135.jp/2018/03/17/yorutokiri/で触れている。)

このように、僕が考える「やばい」は劇的な成長という未来の可能性ともつながっている。だから僕は「やばい」と言いたくなる状況に着目し、そのやばさを自分に対して推奨していきたい。

だけどそのように自分を鼓舞しなければならないのは、実際のところ、「やばい」を選ぶのはきついからなのだろうなあ。

身体的理想 踊るように、羽ばたくように生きる

久しぶりにあまり哲学的でない文章を書くことにする。

僕にとって哲学的な文章とは、誰かに役立つかもしれない文章で、哲学的でない文章とは僕以外の誰にも役立たなさそうな文章のことだ。

このように区分することは、僕の価値を過大に見積もっているのかもしれない。科学者ならば科学的に役立つし、建築家なら建築的に役立つが、僕にはそのような知識も技術もない。だけど、僕だって哲学でなら誰かの役立つことかもしれない、と考えていることになるのだから。

とにかく、だからこの哲学的でない文章は、僕だけのための文章である。

昨日のヨガのクラスで呼吸の仕方について話があったが、そこで、実は皆が呼吸を上手くできているのに、それを感じ取れていないだけだ、というような話があった。考えてみれば、無意識にできているのに、それを意識的に感じ取ることができないというのは、よくあることだろう。例えば、僕は、人並みにバランスをとって二足歩行ができるのに、どのようにバランスをとっているのかを意識することはできない。すぐには他に具体例を挙げられないけれど、似たようなことは色々とあるだろう。

僕はそこから、プラトンのイデア説と想起説を連想した。僕たちはイデア界では完全な歩行や完全な呼吸を意識できていたのに、この世界に生まれてきて、それを忘れてしまっただけなのだ。なんて。それが事実かどうかは別として、そう考えるとなんだかテンションがあがる。

僕は難しいヨガのポーズができないけれど、この世界に生まれる前にいたイデア界では、僕の身体はすべてのポーズを理想的なかたちでとれたはずではないか。もしかしたら、僕の身体は、理想的なあり方をしていたときには、この世界のすべてを表現し尽くせていたのではないか。それは、理想とは、もしかしたら到達できるかもしれない希望ではなく、現に確かに一度は手にしていたものなのではないか、なんて思いを馳せる。

だから僕は、僕の身体を既に理想形を経験したものとして取り扱うことにしよう。僕は、理想を想起するように僕の身体を取り扱うことにしよう。そうすると、少しだけ頑張れて、少しだけヨガのポーズをうまくとれるような気がする。

ヨガでちょっときついポーズをとろうとして自分自身を鼓舞するとき、もうひとつイメージすることがある。僕は僕の身体に翼が生えていて、空を飛ぶようなイメージを持つと少しだけ頑張れる。(そのことは『空と大地の間の「幅」』http://dialogue.135.jp/2021/06/26/haba/という文章で書いたことがある。)

これも僕の身体に宿る潜在的な能力を引き出すときのイメージだ。僕の身体には、僕が知らない歴史があり、僕が知らないような能力を秘めている。

話は変わるが、今朝、僕は不思議な夢を見た。他人の夢の話なんてまず面白くないし、特に今朝の夢は明確なストーリーもないから面白く伝えようもない。だけど僕自身にとっては、とても象徴的で示唆に富むものだったので、書き残しておく価値がある。

僕はアフリカの学校にいた。たくさんの小学生か中学生くらいの黒人の生徒たちがいて、汚くして騒がしくて、少なくとも好ましいところではなかった。(なお、僕はアフリカに行ったことがないし、僕がテレビで観たことがあるアフリカとも全然違ったので、どこでもない僕がイメージしただけの場所だったのだろう。)

なぜか僕はそこで、捜し物を一緒に探してもらったり、色々案内してもらったりして、ある程度の時間を過ごすうちに、その好ましくなさは、好ましさに変わっていた。

彼ら(彼女ら)は思慮が浅くて、踊ったり奇声を上げたりして騒々しかったけれど、そこに何か否定し難いものを感じるようになってきたのだ。理性的に考え、適切に判断して行動するのとは違う、別ルートの正しさがあるように思えたのだ。

夢から醒めたあとで思い返すと、それは生命力と呼ぶべきものだったのだろう。彼らの躍動する身体には生命力という正しさが秘められていたのだ。

ヨガの話と夢の話は、身体に秘められる力についての話だという点で共通している。身体には理想を体現する力が潜在しており、それは生命力と呼ばれるものである。僕は哲学が好きで、思考により哲学的に迫ることができる真実があると思っているけれど、それとは別に、イデア界かアフリカかはよくわからないけれど、全く別のところにもうひとつの真実があるということになる。思考的な真実と身体的な真実という二つの真実がある。そして後者の真実は生命力と名付けることもできる。

だけど、この二つの真実は、全くの別物とも言い切れないだろう。なぜなら僕はこの身体を使って哲学をしているからだ。できれば僕は、理想的なかたちでヨガをするように、またはアフリカの少年少女のように踊るように、哲学をするべきなのだろう。そのようなことはすぐにはできないから、せめて僕は僕の身体を動かし、踊り、羽ばたくところから始めるべきなのだろう。僕は踊るように、羽ばたくように生きていくぞ!

と書きつつも、思い返すと、僕は昔から、踊り、羽ばたくという言葉に象徴されるような浮遊感の虜なのかもしれない。僕はスノーボードで新雪を浮かぶように滑るのが好きだったし、ジャンプするのも好きだった。ライブでノっているときのあの感じは浮遊感と表現できるだろうし、海外旅行での非日常感も同種のものだ。酒を飲んで調子よく酔っているときの、または恋をしているときの、またはセックスをしているときの熱病のようなあの感覚も、どこかフワフワと漂っているような感じがある。そう考えると、僕は既に僕の身体を天上のイデア界に向けようとしている、と言えなくもない気がする。

と書き終わってみると、意外と哲学的な文章だったかも。