社会学って

2016年に書いた文章です

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娘の進学のことを考えているうちに、なんとなく興味がわき「本当にわかる社会学」という本を読んだ。

社会学というのは、どうも、色々な学者が勝手に概念モデルのようなものを編み出し、社会、特に現代社会というものを説明しようとする学問のようだ。
僕は、その概念モデルが成立する手前の哲学に興味があるから、正直、なんだかなあ・・・なんて思いつつ読み進めた。
ところが、p.146「イデオロギーを乗り越える」のページで手が止まった。
カール・マンハイムの「相関主義」は面白い。
「出口のない相対主義を回避するためにマンハイムが提示したのが、「相関主義」という手法である。相関主義は、まず、あらゆる思想が特定の歴史的・社会的条件に根差したものであるということを、むしろ積極的に評価する。というのも、そこで得られた知見は机上の空論ではなく、現実に根ざしたリアルな認識であるため、より真実性が高いからである。そして、そうして得られたいくつもの部分的な真理を、全体的な観点から相互に関連・総合させていく。そうした作業の蓄積によってより全面的に正しい真理へと徐々に接近していけるはずだ」とある。これが知識社会学という考え方のようだ。
マンハイムは、思想というものをイデオロギーという文脈で理解していたようだが、僕は、この思想という言葉を、個人レベルでの言語ゲーム、概念枠といったレベルまで拡大することで、哲学的な意義を引き出せるように思える。
「リンゴは赤い」という思想でさえ、歴史的・社会的条件に根差したものだ、という考え方だ。
そこまで拡大した文脈で相関主義を理解することで、哲学のうち、いわゆる形而上学を除いた分野と社会学は地続きとなる。
そして、パラダイム論を取り込み、自然科学とも地続きとなる。ニュートン力学は部分的な真理であり、それが相対性理論と関連・総合され真実に近づいていくという視点に立つことができる。
「リンゴは赤い」が成立することと、「パノプティコン」という概念モデルが成立することと、ニュートン力学が成立することに意味的な違いはない。いずれも個人がリアルに認識したことだ。
この、個人がリアルに認識したことと真実性を繋げるという点に、相関主義のよさがある。
実は青りんごもあったり、パノプティコンでは説明できない事象もあったり、ニュートン力学で説明できない事象も生じるかもしれないが、現に、僕がリアルに「リンゴは赤い」と認識したり、ミシェル・フーコーが「パノプティコン」という概念モデルで道徳の成立について説明できる、と思ったり、ニュートンがニュートン力学を発見したりしたこと自体は揺らがない。そこには、ある正しさがある。
そして、そのような断片的な正しさを、相互に関連・総合させることで、ある部分が否定されたり、修正されたりしつつも、人類の知識というものが進歩していく。
う~ん、いい考え方だ。
そして、我田引水だけど、その関連・総合がどのように行われえいるか、と言えば、それこそ、対話なのだと思う。

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