ニーバーの祈り

これはいつ書いたのかなあ。
多分2015年、僕が病気になった後なのは確か。

・・・

ニーバーの祈りというのがある。とても、名言だ。
僕は、「嫌われる勇気」という本で知ったのだけれど、ウィキペディアをコピペすると、こういうものだ。

神よ
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

また、そのパロディで、Wikiの祈りの言葉というのもあるらしい。

おおどうか、編輯(編集)しえぬページを受け入るる落ち着きと、
編輯しうるページを編輯する勇気と、
さうして、違ひがわかる見識とを、どうか、我に授け給へ。

こうして並べてみて思うが、なんでも名言になりそうだ。

フグを前にして、
食べられるものを食べる勇気と、食べられないものを食べない冷静さを・・・
とか、

合コンを前にして、
いけそうな女子にアタックする勇気と、無理目な女子を諦める冷静さを・・・
とか。

つまり、この名言で重要なのは、「識別する知恵」だ。これは、いわゆる判断力。
そして、その知恵に基づき、きちんと行動することだ。
判断力と行動力。う~ん、確かに、考えてみるとこの二つは重要だ。
的確にこれらの重要さを捉えていて、確かに名言だ。
座右の銘にしよう。

ただ、僕は、ちょっとだけ、この名言を修正しておきたい。
「変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。」
については、ちょっと違う。ここでも、求められるのは「勇気」だと思う。
僕は、病気になった時に思ったのだが、もし、死にゆく時、僕に必要なのは、死を受け入れる勇気だ。
フグにせよ、合コンにせよ、自分の手が届かないものをあきらめるとき、必要なのは、冷静さではなく、やはり勇気だ。

検索したら、「あきらめる勇気」という本もあるらしい。
キャッチーな言葉だと思ったけど、先を越されていた。残念。

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