夏草の匂い

夏草の匂い。
それが僕にとっての達成するということのイメージのようだ。

僕にはこの世で成し遂げたいことがある。
僕は、僕ができるかたちで、この世界の知の発展に貢献したい。

僕の見立てでは、この世界の知は、あまりにも掘り下げが浅い。
それを担っているのは、現代では哲学という営みだが、僕から見れば、まだまだ掘り下げようがある。
そう思えるのは、僕に、ある程度の哲学的才能が授けられているからなのだと思う。
僕は、この僕の才能をかたちにして残し、この世界の知に付け加えたい。

まあ、ほかにも、家族のこととか、趣味のこととか、物欲とか、人並みに色々な思いややりたいことはある。
そういうこともひっくるめて、全てをやり尽くし、もう十分と思ったとき、僕はどうなるのだろうか。
最近、そんなことを時々考える。

僕は全てを成し遂げたときをイメージしながら目を閉じる。
僕は広い草原に立ち尽くしている。
夏の風が熱い風を運ぶ。草がぶつかりあい、音を立てる。
全部わかるよ、もういいんだよ、十分だよ、と誰かの声がする。
そんな想像をするとき、そこにあるのは、夏草の匂いだ。

濃密な生の匂い。人の肌のような温度。僕の呼吸は浅くなり、汗が吹き出る。
これが生きるということだ。
全ての使命を成し遂げ、生きることそのものを掴み取った僕は、こんな天国にたどり着くに違いない。

僕は高校2年のとき、恋をした。
僕は、今から思えば懐疑論的な哲学的問いに悩まされ、孤独感に苦しんでいた。
僕は、あるクラスメイトを好きになった。頭が良くて、優しくて、母のように包み込んでくれそうな人だった。この人だったら全てをわかってくれるかもしれないと思った。
夏の夜、50ccのバイクで彼女の家の近くに行き、彼女を呼び出し、近くの空き地で少し話した。
彼女には別に好きな人がいるのを知っていたから、それは告白というより、確認のような行為だった。僕と彼女との間に、僕と世界との間に、線を引くという行為。
別れ際、彼女は僕を軽く引き寄せ、頭に載せたフルフェイスのヘルメットにキスをしてくれた。

あの夜の夏草の匂いこそが僕の天国なのだろう。
僕は、いつか、あの天国にたどりつき、
全部わかるよ、もういいんだよ、十分だよ、と言ってもらうんだ。

僕は目を開く。
僕は、まだまだやることがある。

(読み返すと、キモいおっさんの文章の典型例だが、おっさんだし、仕方ない。)

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