僕の心がけ

最初に

僕が、日々、心がけるようにしていることを記録しておく。
なんとなく、うまくまとまっている気がするから。
誰かが、僕がどうしてこのような考えにたどり着いたかなんて考えずに、ただ真似てくれるだけでも役立つのではないかと考えている。

僕には、心がけていることが7個ある。
自分を見失ったような気がしたとき、7つの心がけを一つずつ思い出し、今、自分がやっていることが、きちんと心がけに沿っているかどうか確認している。
また、電車の中などで手持ち無沙汰なときには時々、7つの心がけを一つずつ思い出し、どれかひとつでもおざなりにしていることがないか思い出している。

なお、僕は哲学が好きだけれど、それほど哲学的な意図は含まれていない。どちらかと言うと、自己啓発っぽい本に触発されて思いついたこととなどが多い。
だから、未来・現在・過去の3時制と紐づけて分類しているが、そこには時間論的な哲学的意図はなく、ただ思い出しやすいから、そうしているに過ぎない。
だが、いつか、うまく哲学的につなげて論じることができたらいいなあ、とは思っている。

では、まずひととおり列挙しよう。

(未来)
1 変化・成長
2 天命・天職
(現在)
3 健やかな心
4 健やかな身体
5 中庸・節制・(心がけの尊重)
(過去)
6 蓄積・こだわり
7 本能・身体的欲求

となる。
だが、これだけではなんだかわからないだろうから、ひとつずつ内容について説明しよう。

1 変化・成長

これは、7つの心がけの中でも最重要のものだ。
僕は、フランクルの「夜と霧」が好きで、特に若い女性とマロニエの木のエビソードが好きだ。強制収容所の中での一瞬のなかにも内面的成長はある、ということを教えてくれる。
僕は癌になり、手術後の一日だけICUで過ごしたけど、そのときの体の不自由さがずっと心に残っている。癌は再発しなくても、いつかあのような苦しみが何日も続き、そして死ぬかもしれない。僕は死ぬことよりも、死ぬまでの苦しみが嫌だ。何もできず、何も生み出すこともできないのに、ただ死なないためだけに苦しんで生きていくのが嫌だ。
だけど、もし、できるならば、その苦しみの中でも、死の直前まで内面的成長を目指すような生き方ができればいいな、と願っている。

また、成長とは変化であり、この7つの心がけのシステムの外部へと接続する道だ。僕自身がひとつのシステムだとするならば、僕は、変化を積極的に取り込むことができる開放系のシステムでありたいと思う。

2 天命・天職

矛盾しているようだが、変化が必要である一方で、変わらないもの、変わるべきでないものもあるように思う。
それは、僕の存在の芯となるものであり、僕はこの何かのために生きてきたとさえ言いたいものだ。
確かに、成長・変化により新たな気付きがもたらされ、その何かは変わるかもしれない。だが、いつか変わるその時まで、決して変わらないものとして、その何かを大事にして、そこに命をかけていきたい。それが僕の天命であり、仕事なら天職だと思う。

今のところ、僕の天命・天職は、哲学をすることだ。
なお、暫定的な天職ではあるけれど、きっと、死ぬまで変わらず天職なのだろうなあ、という予感がある。
性格的に結構向いているし、これまでの蓄積もあるし、なにより、「世界を知る」ということより大きなロマンなんて思いつかない。こんなのに命をかけるなんて最高だ。

以上の2項目は、これからの僕ということに着目しているという程度の意味で「未来」に区分している。

3 健やかな心

この心がけは、最も僕の哲学的考察が反映されている。
今まで考えた限りでは、「生」に対する肯定感というものは、他の何かから導かれることはない。傍目から見たら同じような人生であっても、その人生を良いものと受け止められるか悪いものだと思うかの違いは、脳内物質がどうこう、という科学的説明は別にして、哲学的には根拠はない。
僕は、そこで、まずは、無根拠、無条件の「生」の絶対的肯定が必要だと考えている。

なお、その肯定は、永井の独在論的な意味での「今・ここ」で行われる。
そこから僕は、瞑想的なアイディアも取り入れ、バイタル・スフィアというイメージを編み出した。
これは、「今・ここ」の肯定が、独在論的に、全世界の肯定として広がるというイメージだ。その肯定された世界は、動的なあり方をしていて、呼吸し脈動する球のようなイメージにつながる。それがバイタル・スフィアだ。
哲学的にそこまで精緻に分析するには至っていないし、瞑想においてもそこまで達することはできていない。だから多少間違いがあるかもしれないが、方向性に大きな間違いはないという予感がある。ということで暫定的に、そのようなものをイメージしてもよいだろう。

僕独自の哲学が満載なのでわかりにくいかもしれないが、このような意味で、健やかな心は重要なのだ。ただし僕は内心では健やかな心ではなくバイタル・スフィアと呼んでいる。

4 健やかな身体

一転して、これは当たり前の話だ。
不可抗力的に病気になったりするのは仕方ないけれど、できる限り病気や怪我をせず、元気に活動できたほうがいい。
そのためには運動したほうがいいのだけど、先ほどのバイタル・スフィアの関連もあり、瞑想とおおいに関連があるヨガをしている。
動く瞑想とも言えるだろうヨガは、健やかな心と健やかな身体を一挙に手に入れられるものとして一挙両得でとても効率が良い。
それに、姿勢や呼吸など、日常生活でも得るものは大きい。
ということで、健やかな身体についても僕は内心ではヨガと呼んでいる。

5 中庸・節制・(心がけの尊重)

僕は、低きに流れ、だらだらとポテチを食べながらゲームをしたりして、耽溺してしまうところがある。
そうすると、ここで挙げているような心がけなど、全て忘れて、目先の快楽を追ってしまう。
快楽自体は悪いことではないけれど、僕はコントロールが苦手なので、テレビやゲームやSNSや飲み過ぎや食べ過ぎなどは、その入り口に立たないよう気をつけるようにしている。

これは、中庸や節制というキーワードで心がけているのだけど、別の捉え方をすれば、ここに挙げているいくつかの心がけを見失わない、というかたちでのメタ的な心がけとも言える。

その意味では最後の7項目目の心がけでもいいのだが、以上の3項目は「今・ここ」の僕の心がけとしての側面が強いことから、現在に区分している。

6 蓄積・こだわり

とにかく僕は、これまで生きてきたという蓄積がある。僕の歴史と言ってもよい。現在の僕や将来の僕が大事にしたいものは色々とあるが、それはともかく、過去の僕がこれまで大事にしてきたものを粗末にすべきではない。
これまでの僕を肯定し、これまでの僕がこだわってきたことについても、あえて否定する理由がない限り、大事にしたい。
そのような意味で、僕のこれまでの蓄積・こだわりは大切なのだ。

なお、僕がこれまで大事にしてきたものは具体的に7つある。
この文章で挙げている理念的な7つの心がけとは別に、具体的な7つの重要なものがあるという二重構造となっている。
一応挙げておくと、

(1)哲学
   これは項目2天命・天職につながるもの
(2)ヨガ
   これは項目4健やかな身体につながるもの
(3)家族
   これは仏教的には煩悩かもしれないけどギリギリまで大事にしたいもの
(4)趣味(海外旅行など)
   他の項目に比べれば優先順位は低いが、気分転換であり、項目1の新たな出会いにもつながるので大事にしたいもの
(5)ライブ
   同上。また妻との関係でも大事にしたいもの。
(6)セックス(身体的接触)
   これは単なる趣味というと恥ずかしいけど、僕は皮膚感覚が大事なタイプのようなので、いわゆるセックスに限らず、身体的接触がないとストレスがたまるようなので大事にしている。(だけど他の項目に比べてあまり達成できていない項目。。。)
(7)人間関係(新たなものとの出会い)
   ここで列挙したものに固執せず、その外を知ることが重要。そのためには新しいものに出会う必要があるけど、新しいものはたいてい「人間」が持っている。という意味で人間関係は大事。僕は基本的に内向的で一人でもいいと思っちゃうタイプだからなおさら心がける必要がある。
なお、これは項目1変化・成長につながるけど、項目1での成長とは内面的な成長である一方で、ここでの成長とはもう少し広い意味での成長だから少し違う。

となる。僕は7つの理念的な項目とは別に、この7つの具体的な項目を大事にしている。重複はあるが、計14項目のチェックリストがあると言ってもよい。

なお、ここで7つを挙げているのは、7つを限定して挙げているというところに意義があって、ここに挙げられていないようなもの、例えば、見栄とかお金を稼ぐための仕事のようなものに囚われて優先順位を見失わないように、という思いを込めている。

7 本能・身体的欲求

当たり前だけど、食欲や睡眠欲のような欲求は大事にすべきだし、ここまで生きてきてくれた身体のことを大事にして、身体の声を聞いてあげたい。
当たり前のことを当たり前に認めて、変に禁欲的にならないことが、この7つの心がけを無理なく達成するうえで重要だと思う。

ということで、この二つの項目は、これまで生きてきた自分自身を尊重するという意味で、過去に区分している。

最後に

以上、7項目の理念的な心がけ(と、ついでに7項目の具体的な心がけ)について説明してきた。
(具体的な心がけのほうはともかく)あまり僕の哲学に興味がなくても、参考になることもあったのではないだろうか。
こうやって眺め返してみると、僕の哲学好きは、予想どおり盛り込まれているが、意外とヨガも入り込んでいるのだなあ、と感じた。
哲学とヨガはかなり大事なのだなあ、としみじみ思う。
こんな感じで当面がんばるぞ!
また考えが変わったら書き込みます・・・

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