ネズミのおもちゃ

うちで飼っているネコが3歳になり、最近、ネズミのおもちゃであまり遊ばなくなってきている。 おもちゃを近くで動かすと、一応、捕まえようとするんだけど、いざ捕まえると、「捕まえてもなあ・・・」みたいな顔をする。
じゃれていて爪に引っかかったりすると、外すのに協力してくれたりする。
前ならば、夢中になって遊んで、いったん捕らえたら、 くわえたまま 嬉しそうに ベッドの下に潜り込んだりしていたのに。

そんなネコを見ていて哲学みたいだなあ、と思った。
最近、うちのネコは、「おもちゃで遊ぶ『ことになってる 』 んでしょ」と言っているように思える。
それと同じように、ある種のニヒリスティックな哲学は、 「人生って充実している『ことになってる 』 んでしょ」 なんて言っているように思える。

「ことになってる」と言えるのはメタ化した視点に立っているからだ。
大人になったネコは、おもちゃに夢中にならず、一段高いところから、おもちゃをおもちゃとして見下ろしている。
それと同じように、哲学に侵された人は、人生に夢中にならず、一段高いところから、人生を人生として見下ろしている。

僕が、それでもなんとか夢中になるように、がんばってネズミを振り回しているように、神様は、なんとか楽しい人生を味わえるよう、手を変え品を変え、頑張ってくれているのかもしれない。

だけど、いったん、おもちゃをおもちゃと気付いたネコは、新しいおもちゃや新しい動きを見ても、すぐにそれをおもちゃと見破るし、優秀な哲学者は、どんな目新しい体験でも、それが所詮人生だということを見抜いてしまう。
僕も神様もやりきれない気持ちだろうなあ。

僕はうちのネコにこう言いたい。
気合い入れて遊ばないなら、ネズミのおもちゃがしまってある引き出しの前で、せがむようにニャーっとなくな!

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