2種類のごちそうさま 6 不完全な受動的感謝限定列挙と例示列挙

6 不完全な受動的感謝限定列挙と例示列挙

ここで、再度、受動的感謝について考えてみよう。先ほど、受動的感謝は言葉でうまく説明できないと言った。
だが、受動的感謝について考えるとき、私は、何らかの具体的な内容のイメージを持たざるを得ない。私の受動的感謝のイメージは、せいぜい「この料理が出されるまでには、栽培してくれた人や調理してくれた人がいたので、食事を手に入れることができた。だから、その人達に感謝しましょう。」というようなものだ。想像力が豊かな人なら、更に「食料になってくれた牛や、このレストランを維持するために働いてくれている税理士にも感謝しましょう。」というようなイメージが加わるかもしれない。いずれにしても、先
ほど述べたように、これらの記述は受動的感謝の描写としては不足している。
しかし、ここでは、これらの記述が受動的感謝の一部は捉えているということに注目したい。受動的感謝とは、外側のない全体であり、列挙しきれない全てであり、また、無意識の領域に属するものであることから言葉では言い表すことができないが、全体の一部について記述し、列挙し切れないものの一部を記述し、無意識のうちの意識に上がってきた一部を記述することは可能だ。そういう意味では、私がイメージしている栽培してくれた人や調理してくれた人に対する感謝は、全体ではないが一部を捉えているという意味で、「不完全な受動的感謝」と言ってもよい。
ここで、「不完全な受動的感謝」がどのような表現をされていたか着目してみる。私の「不完全な受動的感謝」はこうだった。「この料理が出されるまでには、栽培してくれた人や調理してくれた人がいたので、食事を手に入れることができた。だから、その人達に感謝しましょう。」この表現は、何かに似ている。「商取引ができたので、食事を手に入れることができた。だから商取引ができたことに感謝しましょう。」という「能動的感謝」に似ている。原因を特定して、その原因に対して感謝しているという点で似ている。
それでは、「不完全な受動的感謝」と「能動的感謝」の違いは、どこにあるのだろうか。
それは、原因の列挙が、例示列挙なのか限定列挙なのか、という違いである。
私の受動的感謝は不完全なので、その続きとして「食料になってくれた牛や、このレストランを維持するために働いてくれている税理士にも感謝しましょう。」というような原因の列挙が続く。更なる例示を認めている。一方で、「商取引ができたことで、食事を手に入れることができた。だから、その人達に感謝しましょう。」という能動的感謝の場合は、商取引ができたこと以外に、原因はない。これ以上原因について考える必要はない、と列挙を打ち切っている。
原因の列挙の不完全さを認め、更に感謝すべき対象があるという姿勢にある、つまり更なる例示を認めるということが不完全な受動的感謝であるということであり、感謝のストーリーの完全さを守るため、更なる原因の列挙を打ち切り、更なる感謝の対象はないと限定する姿勢にある、つまり、更なる例示を認めないということが能動的感謝であるということだ。
能動的感謝が感謝の原因を限定するということの具体的なイメージを説明しておきたい。
まず、特に注目すべき原因の限定の具体例としては、これまでも繰り返し、例として用いてきた商取引という原因による限定がある。「商取引ができたことで、食事を手に入れることができた。だから、その人達に感謝しましょう。」というものである。この、商取引という原因は極めて強力であり、その強力さ故にそれ以外の原因を求める必要性を失わせる。例えば、レストランに対して商取引ができたことに感謝すれば、牛を育てた酪農家に感謝する必要がなくなる。なぜなら、牛を育てた酪農家は、商取引により既に対価を得て牛を手放していて、正当にレストランが牛肉を手に入れている。よって、商取引というものを尊重する限り、酪農家は関係がない。このようにして、商取引は、商取引に至るまでの経緯に対する感謝を不要とし、感謝の対象を商取引に限定するという強力な働きがある。
脱線となるが、私は、その力の根源のひとつは財産権という概念にあると考えている。
財産権とは、財産を正当に所有したり、使用したりすることができる権利である。そして、お互いに、財産権の下にあるモノを、契約等の手順によりやりとりをすることで、商取引が成立する。若干不正確かもしれないが、労働やノウハウのようなものも、交換されるモノに含めるならば、この説明は、一般的な商取引に対する感覚と大きなずれはないだろう。
財産権の「正当に」というところがポイントである。相手が「正当に」所有しているのだから、それを商取引により私が「正当に」所有することになるのは当然だと言える。また、契約とは、2人以上の当事者が、お互いを自分と同じ人間として、「正当な」相手方と認めることである。同じ人間であり、「正当な」相手方だから、「正当な」約束は守らなければならない。財産権とは「正当な」相手方と「正当な」手順によりやりとりできるものだ、ということである。そこから、感謝すべきは、「正当な」権利を持つ「正当な」相手と「正当な」手順で商取引ができたことである、ということになる。この正当性が、能動的感謝としての原因を限定することの正当性となるのである。
更なる脱線となるが、商取引がここまで広く行われている理由も、この正当性にあると考えられる。法律や契約書などにより、商取引関係においては何を正当なものとするかが明確に定められている一方で、例えば、夫婦関係について言えば、民法には夫婦の扶助義務なども定められているが、配偶者に対してすべきことは、商取引の相手方に対してすべきことに比べてあいまいだ。よって、商取引関係は夫婦関係などと比べ、何が正当か、ということに見解の相違が生じにくく、使いやすいため幅広く用いられているということだ。
このように商取引は、正当性が強力であり、幅広く用いられているから、能動的感謝の具体例として適しているのである。
脱線してしまったが、商取引と同じように感謝の対象を限定するということは、説明は少々難しいが、結婚したのだから妻がご飯を作ってくれる、とか契約をしたのだから神がパンを与えてくれる、というような別の原因の場合でも言える。妻や神のことを考えれば、その先のことは考える必要がない。
それはどういうことか、簡単に説明をしてみよう。まず、なぜ妻に感謝すれば、それ以上感謝しなくていいのか、であるが、話を単純化するため、自分が、日本ではないある国の農家の奥さんのヒモであると考えて欲しい。そして、その国では、結婚をしたら、お互いが自分の持ちもの全ての半分を与えなければならないとする。その国で、働き者の妻は、畑を耕して野菜を収穫する。そして野菜でスープを作り、食卓で妻の持ち物である野菜スープの半分を私に分けてくれる。そこで、私は、妻に「結婚していてくれてありがと
う。」とは感謝するが、それ以上は感謝する必要がない。何故なら、私は妻と結婚しているならば、当然得られるものを得ているに過ぎないからだ。野菜を育ててくれた太陽の恵みに感謝する必要はない。感謝の対象は妻に限定される。
同じようなことは神についても言える。この例では、私も働くようになり、夫婦で畑を耕して野菜を収穫する。そして野菜でスープを作り食べるとしよう。そして、食卓で野菜スープを与えてくれたキリスト教的な全能の神に感謝をする。そこで、私は神とは別に、野菜を育ててくれた太陽の恵みに感謝する必要はない。太陽は神の所有物、または神の一部であり、神が太陽の恵みを与えてくれたのだから、神に感謝をすれば太陽に感謝する必要はない。感謝の対象は神に限定される。
このように、能動的感謝においては、商取引ができたから、とか、結婚したから、とか、神と契約をしたから、といった理由で酪農家や太陽の恵みに対しての感謝が失われ、感謝の対象が限定される。以上が、能動的感謝が感謝の原因を限定するということの具体的なイメージである。
また、この限定は、その限定から逸脱しようとする感謝をも取り込もうとする働きがあるということも付言しておく必要がある。例えば、ハンバーガーを買ったとき、ハンバーガーを渡すことに加えて微笑むことは、本来不要であり、もし微笑んでくれたなら、それは特別なことだ。そこには、商取引によりハンバーガーを手に入れられたことに対する感謝とは別に微笑んでくれたことへの感謝があってよい。しかし、マクドナルドでハンバーガーを買うと、当然のように笑顔で渡してくれる。そして受け取る側も、当然のものとして受け取る。商取引に対する感謝とは本来別であるはずの笑顔に対する感謝が、マクドナルドでは一体化している。取り込まれている。
同様に、妻に対する感謝であっても、新婚当初は、ご飯を作ってくれただけで喜んでいたのに、そのうち、妻なら三食美味しいご飯を作ってくれて当然だと思う。新婚当初の感覚で言えば、夫婦として生活できることの感謝と、妻が家事をしてご飯を作ってくれることに対する感謝とは別でもいいはずなのに、そのうちに、それが一体化して取り込まれている。本来特別なことを、夫婦関係にあるならば当然得られるものとして取り込んでいる。
これらの事例は、何が特別で何が当然かは相対的であるということを意味している。そしてこの相対的であるということが、能動的感謝とは、ひとつながりの原因と結果による感謝のストーリーをつくることだということの一側面である。この意味で、感謝のストーリーは、小説のストーリーとよく似ている。小説のストーリーにはひとつの正解がある訳ではない。ただ、ひとつの小説が現に描かれたということをもって、その小説におけるストーリーはひとつとなるのである。そのことによく似ている。

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