遊戯哲学博物誌を読んで

2016年9月25日作

このあと、きちんと出版されたし、木村さんともお会いできました。よかったよかった。

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哲学対話つながりでやりとりをしたことがある木村洋平さんという方が書いた遊戯哲学博物誌という本を読んだ。
出版がうまくいってないらしく、ネットで数十冊だけ販売していたうちの一冊をサイン付きで直接から直接購入させていただいた。
今後、無事普通に出版できそうとのことで、直接販売は終えたようなので、このISBNコードもない本は貴重な1冊になるかもしれない。

とても面白かったので感想を書いて残しておこうと思うが、せっかくなので、著者への手紙風に書いて実際に著者に送っておこうかと思う。
実質、まだ世に出ていない本なので、読者の反応も欲しい時期なのではないかと思うから。

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木村洋平さん

本をお送りいただきありがとうございます。
遊戯哲学博物誌、拝読させていただきました。

率直に言って、とても面白かったです。
まず、丁寧で、透明な凛とした美しさのある文体がよかったです。
短い文章の積み重ねの中に、所々入れられる遊戯の例が心地よいリズムを生んでいて、抽象と具体を行き来する感じで、ストレスなく読み進めることができました。

まえがきに、「西洋哲学史に休息を与えたい」とありましたが、とても素敵なスタンスだと思います。
読んで疲れない哲学書というのはいいですね。
僕はあまり誌とか小説とか読まないので、マンガを読む気にもならず、テレビを観る気にもならず、哲学書を読む気にもならないときにちょうどいい本でした。
こういう本ってあまりないですよね。

また、その内容も興味深かったです。
特に、「え-84~87」の地図の描写は、この本が博物誌という体裁をとっていることとあわせ、ある真実を描いているように思いました。

この本は、世界をさまざまな形で切り取った地図を束ねたようなもの。
確かに地図というのは省略があり、世界の一部しか表現できないし、またメルカトル図法は緯度が上がると歪みが生じるように、誤解や誤りを引き込むようなかたちでしか表現できない。
だけど、色々な縮尺の地図を組み合わせたり、メルカトル図法と正距方位図法の両方で表すことで、より正しく世界を表現することができる。
それと同じように、この本は、博物誌というかたちで、色々なやり方で世界を描くことで、より正しさに近づくことができている。

そんな気がしました。

例えば、地球と記憶の海の絵は、正直、「え?僕のイメージとはぜんぜん違う」と思ってしまいました。
だけど、読み進めていて、この本の中の緻密なネットワークにおいては、こうあるべきで、
メルカトル図法のような歪みはあるけれど、ある種の正しさがあるのだろうなあ、と感じました。

また、「ら 資本主義、帝国主義、全体主義」のあたりは、別な意味で「僕のとぜんぜん違う」と思ってしまいました。
このあたりは少々語りすぎなような気がしました。正しいのかもしれないけど、読んでいて休息にならないというのでしょうか。
他の箇所は全般として、「僕のと違うけど、これもいいな。」なんて思いながら読み進めることができたのですが、このあたりは、所々ひっかかってゆったり読めなかった感じです。
(このあたりが嫌いという訳じゃないですよ。メインストリームと周辺があり、哲学者は周辺を目指すって心構えの話はとても心に残っていて、時々思い出します。)

だからという訳ではないけど、この本は、加除式のバインダー形式でもいい本なのかな、と思います。(本当にそうしてほしいということではなく比喩として。)
博物誌という形式や、このリズム感、そして、地図の比喩にあるような多面的な捉え方といったものは揺るがない。
だけど、この本の性質上、今後、訂正したり、書き足したくなる部分が生じてきそうです。
今後、遊戯哲学博物誌第二版、第三版、第四版と出会いたいような気もしますね。

やっと普通に出版できそうとのことでよかったですね。
いつかお会い出来たらいいですね。

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