※6,500字ちょっとあります。僕にとっては最後の「言葉」についての気づきが大きいです。演技ってなんだろう。

1 予備校的なもの

僕がファンである入不二基義は、昔、10年間ほど駿台予備校の講師をしていたそうだ。結構人気講師だったらしい。

その縁で、予備校の歴史についての研究者や、当時の同僚であった現役予備校講師との、『予備校的なもの』についての対談イベントがあった。

正直、僕は予備校には全く関心がない、というか近寄りがたい苦手意識すらあるのだけど、入不二のことなので、予備校に留まらない話をしてくれるだろう、という期待でイベントをネットで視聴した。

視聴した結果、やはりそこで扱われたのは予備校以上の何かだった。まだ配信されているようなので、予備校に興味がない僕のような人にも、このイベントは観る価値があると思う。加えて、これは僕にとっての個人的な意義だけど、僕の予備校への苦手意識の由来もわかった気がする。その二つの点で、とても有意義なイベントだったように思う。

2 予備校生にとっての予備校

イベントでは、様々な話が出たので、あくまで僕の関心で切り取り、僕の解釈で表現しなおしていく。(例えば、この文章では数字が頻出するが、イベントではそういう語り方はされていない。)

予備校とは、イベントで出た話をまとめるなら「何者でもない、浪人生を中心とした若者としての予備校生が、焦燥感をエネルギーとして、外部に憧れ、それを内に取り込み書き換え、それを自立したものとして立ち上げる準備をしていく場である」という側面がある。

数字で表すならば、何者でもない若者は「1」である。何者でもないならば「0」としたくなるけれど、ここで登場する若者は(たいていの場合)健康で無駄にエネルギーに溢れた身体と、大学受験に熱くなるに値する基礎的な勉強の能力を持っている。だから、スタートラインに立つ資格は持っているという点で「1」である。予備校生は、その「1」を元手として、何をオリジナルに立ち上げ(つまり1から加算し)、この人生でどこまで数字を増やしていけるだろうか、と不安や野望を抱えているのである。

だが、周囲にいる、親や高校の先生などの大人は、せいぜい、「3」や「5」にしか到達していない。そんな大人たちに幻滅している中で、予備校において、「10」や「100」に見える予備校講師という大人に出会う。

そして、「1」でしかない予備校生は、予備校講師の「10」や「100」に憧れ、それを内面化しようとするようにして成長していく。

これが予備校生にとっての予備校である。

3 予備校講師にとっての予備校

だが、予備校講師の側に視点を移すと、彼らは、本当には「10」や「100」ではない。彼らは、意識的か無意識的かはともかく、「10」や「100」を演じている。その動機は、欲望であり、それを可能とするのは、人間の価値や成長を1から自然数を数え上げるようにして捉えようとする資本主義のような物語の枠組みである。学生運動から予備校講師になった人も多いけれど、それは左翼的な物語から、別の物語への乗り換えに過ぎない。

なお、欲望に従って演じることは、決してネガティブなことではない。イベントでも、予備校講師の挫折と演技について語られていたけれど、ある種の人間にとって、傷つき、挫折するなかで、それでも生きていくためには演技は必要なものである。さらには、そもそも人間が大人として、多少なりとも無理をして背伸びをして生きていくためには、背伸びの燃料としての欲望や、背伸びとしての演技は、「大人」にとっては不可欠なものですらあるのかもしれない。

4 日本における予備校

以上のようにして出来上がった1970年代から1990年代までの予備校文化は、この日本の若者性と深く関わっている。「10」や「100」に見える大人を貪欲に求める若者のエネルギーが、そのように見えることを演じる予備校講師を生んできたのである。なお、ここでの若者とは、すべての日本人が共有していた観念的な意味での若者性であり、そして、演じる予備校講師の怪しさとは、当時の日本人が共有していた、外部への憧れとセットでの怪しさである。

だから、日本社会が変化(※)するにつれ、人々は社会の空気感の変化の影響を受けざるを得ない。生物的な意味での若者は、等身大の「3」や「5」でしかない大人を受け入れ、そこを目指すようになる。予備校講師の側も、「10」や「100」を演じる動機が薄れ、「大人」ではなく、等身大の「3」や「5」を見せる、生物学的な意味での大人になっていく。

そのような意味で、日本そのものの若者性とでも言うべき予備校的なものは失われていくのである。つまり、この日本における予備校的なものの喪失とは、大人に憧れる「若者」と背伸びをする「大人」でできていた世界から、生物学的な若者と生物学的な大人でできた世界への変容のことなのである。

だが、日本のあの時代の(観念的な若者としての)日本人が背伸びをして演じて作り上げてきた成果は、今後も日本において活きていく。

僕は、イベントで行われたのは、とりあえず大枠としては以上のような話だと理解した。

(※日本社会の変化は、高齢化ということもあるが、従来あった、差別化された自己に対するギラギラとした自負のようなもの、つまり予備校的なものが、社会的に成功し、社会に広まった結果、逆に差別化が効かなくなっているという面もある。これは、孤独から孤立へ、という時代の変化の話であるとも言える。孤独とは、「1」でしかないことの焦燥感であり、孤立とは、その「1」を、単なる数字の「1」と捉えることである。単なる数字の「1」は、他の「1」と足し合わせて2にすることも可能だが、孤独の「1」には、足し合わせられる、他の「1」など存在しなかったはずである。)

5 入不二の哲学

だが入不二がしていた話はそれだけではなかった。入不二は、途中から、明らかに、(多少唐突に)予備校の話ではなく、自らの哲学のことを話していたのである。

入不二からは詳細の説明がなかったので、僕の想像で補ってみよう。

入不二の哲学は動性で特徴づけることができる。それならば、現代日本において失われた予備校的なものとは、社会学的なカテゴリーとして静的に描写できる「若者(性)」ではなく、憧れや演技や怪しさに象徴される動性そのものだと、入不二は指摘したかったのではないか。

入不二的に捉えるならば、実は、人間は、高校卒業時点では「1」だったものが、一歩ずつ数字を積み上げて、30代で「3」となり、50代で「5」に到達するというように、静的な把握が可能なあり方はしていない。だから、先ほど予備校生が予備校講師という大人に投影していた数字は、すべて幻想だった、ということになる。

あえて数字を用いるならば、若かろうが年寄りだろうが、人間はどこまでも「1」でしかない。ただし、その「1」とは、どこまでも動的に動かすことができる「1」である。だからこそ、「1」は「10」にも「100」にもなるし、「99999・・・」という無限大にもなる。(重要なのは数字を動かせるということで、その結果出来上がった数字自体にはたいした意味はない。)

「若者」は大人の数字を学ぼうとしながら、結果として、その動性しか学ぶことができないのである。(それが、数学や哲学を教えることはできない、という意味だろう。)

そのような動性を駆動するのが、会話にせよ、書くにせよ、演じることを可能とする言葉の力であり、言葉により未来や反実仮想としての夢を語る若者の力である。大人が演じ、若者はそれに憧れる。そこには静的な把握ではなく、ただ動性だけがあるのである。

言い換えるならば、1ではなく3である、といった静的な数字や、その差異そのものが重要なのではない。10に憧れたり、10を演じたり、そこに優越感を感じたり、欲望を持ったりと、1ではない異なる数字を求めるギラギラとした動的なエネルギーこそが重要なのである。

入不二は、このような静から動へ、という捉え方の移行を提案したかったのではないか。

6 呼吸口

ただ、入不二は、さらにそれ以上の話もしていた。

入不二は、予備校的なもの以後のことについて、自らの哲学を投影し、「外のことも内のこともわかったので、これからの課題は、外と内をつなぐ呼吸口の問題だ」という趣旨の話をしていた。これは、きっと、入不二哲学の用語を用いるならば、外と内に及ぼされている現実性の力と、その境界で生じる、任意性(Any-ness)の話なのだろう。だが、この場で、この話をしたということは、入不二の発言は、自らの哲学を予備校の問題にも適用できる、という趣旨の主張であるはずである。入不二によれば、予備校の問題は、入不二哲学の応用問題なのである。

そのような捉え方のもと、「外と内をつなぐ呼吸口」という入不二の主張の構造を確認してみよう。

この文章の表現の仕方を用いるならば、「外」とは「1より大きい数」のことである。そして、「内」とは、0.001のような「1より小さい数」のことである。そしてその境界として「1」がある。そして、現実性の力は、「99999・・・」という無限大から、「0.0・・・1」という無限小まで、様々な数をとらせることを可能とする。なお、これは、描写によって把握された現実性の力なので、正確には、現実性の力のAny-nessとしての発露である。そして、入不二が述べた呼吸口、つまりAny-nessとは、1より大きい数と、1より小さい数とをつなぐ、「1」そのものが持つ呼吸口のことである。

(入不二の円環モデルによるならば、1より大きい数は、自然数として数え上げられるという点で右半円の顕在であり、1より小さい数は顕在化する1にも至っていないという意味で左半円の潜在を指している。そして1とは始発点としての特異点である。)

この話を予備校の文脈に当てはめるならば、現実性の力とは、若者につきまとう憧れや演技や怪しさといった若さのことであり、若さが持つ生命力のことであろう。そして、現実性の力の呼吸口としてのAny-nessの問題について考えるとは、つまり、人間の実存としての「1」が持つ若さについて考えるということである。(入不二にせよ、日本にせよ、若さを失ったからこそ、若さについて考えることが可能となる。そして、若さについて考えるとは、奇跡的に成立した予備校という場、つまり、孤独な「若者」と「大人」が孤独なまま共同作業をできたAny-nessとしての予備校的な場について考察することでもある。)

そのように考えると、入不二が、これからの自らの哲学の課題は、外と内をつなぐ呼吸口の問題だと言っていたのは、「人間の実存が持つ若さ、つまり生命力について考えていく」という宣言だった、とも解釈できる。

このようなわかりやすい解釈は、入不二哲学の真髄からは少しずれているだろう。だが、このような応用もできることが、入不二哲学の懐の深さを示しているようにも思う。入不二の哲学は全くもって、人間の生き方を示すような倫理的なものではないが、倫理的に使うことは可能なのである。

7 アンチ予備校

たいていの読者にとっては、ここまでが読む価値がある部分となるだろう。ここからは、自分のための追記となる。

僕は、イベントでの話を以上のように再構成することで、自分自身がなぜ予備校に関心がなく、苦手意識すらあるのかがわかった気がする。

僕は高校1、2年生くらいまでは、勉強も運動もできないぱっとしない子供だった。高校3年になって予備校(現役向けの東進ハイスクール)に行ってみたが、周囲の人は、なんだか自分よりも1歩も2歩も先を行っているようで、気後ればかりしていた。

僕のような人間からすると、予備校とは、高校まである程度の成績を収めてきた、マッチョな男の子のためのものだった。予備校的なものとは、自分の可能性を無邪気に信じ、その可能性に苦悩することができた人のための物語だと言ってもいい。このイベントを視聴しながら、最初はそのようにも思った。

だが、考えてみると、予備校の外にいたつもりだった僕も、予備校的なものとは全く無縁ではないような気もしてくる。

予備校は確かに怪しくて、演技性に満ちていて、そして残酷である。それはあの時代の、僕の周囲のカギ括弧付きの「若者」と「大人」が共有していたものである。そのような実感があるということは、僕は、それに振り回されていた者として、そのような予備校的なものとは無縁ではなく、何かを共有していたのだろう。

今、僕は、哲学対話という言葉を用いた活動をしているけれど、そこで必要なのは、演技ではなく誠実さである。

それならば、哲学対話とは、言葉が本質的に持っている演技性を去勢する場であるとも言える。そのように考えると、無意識に僕は、あのときの予備校的なものに復讐をしようとしていたのかもしれない。哲学対話と予備校的なものは正反対であり、無縁だと思っていたけれど、少なくとも僕にとっては、哲学対話と予備校的なものは復讐というかたちで深く関わっているのかもしれない。

(予備校的なものが敗北したこの現代社会は、僕の復讐を後押ししてくれているようにも思う。現代とは、特別なものであった差異が当たり前のものとなり、差異が差異ではなくなった時代とも言えるからである。時代は、予備校的なものから、哲学対話的なものへと移りつつある。)

もうひとつ、僕の中にある予備校的なものとの関係性とは入不二哲学だろう。僕の中には、「若者」や「大人」がいたあの頃を生きてきて、それでも「若者」にも「大人」にもなれなかったという欠落感がある。欠落というかたちでの予備校的なものへの関与である。だから僕は、予備校的なものとしての入不二哲学を通じて、そこを生き直し、多少なりとも欠落を埋めようとしているのかもしれない。

8 懐疑論者にとっての収穫

そして、もうひとつ、僕の事情として、高校2年生の頃、懐疑論に嵌ってしまったという経緯もある。高校生の頃の、皆と同じスタートラインに立てていないという劣等感は、この懐疑論によって強く強化されてしまっていたのである。

あの頃、僕には明確に「1」にすらなれていない、という感覚があった。無限小とまでは言わないけれど、「0.1」くらいでしかないという自己認識である。大人になるための一歩を踏み出し、2や3を目指すためには、確かな足場としての「1」が必要である。だが、周囲の人々には当然のようにある足場が、劣等生で、かつ懐疑論者だった僕には見つけられなかったのである。

だが、僕も年齢を重ね、実は0.1のままなのに、1となり、2となっていく僕を演じることはできるようになった。その結果、数字で比較するならば、多分、世間並以上の数字を獲得できたようにすら思う。だが、それは、懐疑論者の演技である。そのような感覚が、いまでも僕にはつきまとっている。

しかし、このイベントで、(予備校講師のような、懐疑論者ではない普通の)人々が、実は「1」でしかないのに10を演じていたと気づくことができた。

演じていたのは僕だけではなく、懐疑論者が非懐疑論者を演じるのと同様の演技を実は多くの人がやっていたのである。確かに、予備校講師の演技と懐疑論者の演技では異なる部分もあるだろう。だが、どちらも、傷つきながらも何とか生き延びるうえで必要なものである、という点では等しいように思える。

きっと、意識的に自分の人生を生きようとする人にとって、演じることは避けられないものなのである。演じるとは、言葉を用いるということであり、言葉で自分のストーリーを紡ぐということである。そして、ストーリーによって他者と差異を設け、他者に優越しようとギラギラと「若者」のように生きることである。

それは、僕が今まで目指してきた、哲学対話のような、ニュートラルに誠実に生きようとする姿勢とは、齟齬があるように思う。このような文章についても、僕は哲学対話的な誠実さを込めて書いてきたつもりだったが、確かに、どこかに演技性が混入せざるを得ないのかもしれない。そのことに気づけたのも大きな収穫である。